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(……恋人は図々しいか。今日だってサークル活動の一環だし)
浴衣で異性を待ってはいるが、目的はサークル全員に声のかかる夏祭りだ。二人きりでプライベートなデートをしてくれるという夢が叶ったわけではない。浮かれているのは葵だけだろう。
(けど参加なんて珍しいな。普段部室にすら来ないのに)
サークルに入ってから知ったのだが、累は園芸サークルの活動には全く参加していなかった。客寄せ係りでしかなく、それを知った新入生は一ヶ月もすれば一人も残らなかった。それでも累に参加して欲しいサークル側はしきりに声をかけるがそれは全て校内で口頭のみだ。何故なら累は誰にも連絡先を教えていない。最初は不思議だったが、その理由はなかなかに重いものだった。
(弟さんの具合良くなってるのかな。双子なんだよね)
累には双子の弟がいるらしい。しかし身体が弱いようで子供のころから入退院を繰り返し、今は大学に通うこともできないそうだった。使える時間の全てを弟のために使い、当然遊びの誘いには答えてくれない。けれど整った顔立ち故に誘われることは多いらしく、それが億劫なのか連絡先を明かすこともしないという話だった。
しかしサークルとしては累には客寄せとして積極的に参加して欲しいという思惑があり、誰か一人でいいから連絡先を教えておいて欲しいと粘り続けていた。そしてとうとう累は折れたが、どういうわけかその相手として葵を指名したのだ。理由は名前が園芸っぽいからという納得のいかないものではあったが、それでも周囲から羨ましがられる状況には優越感を感じていた。
(モブはモブでも台詞のあるモブにはなれてるはず! 少なくともここら神社までは二人きり!)
葵は衆人環視の中で一人ガッツポーズをした。十五分後には累がやって来る。その後どんな会話をするか脳内シミュレーションを繰り返す。一分、また一分、少しずつ分数が進むたびに葵の緊張は高まっていった。
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