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しかし十五時になると葵の心境は少しずつ変わっていった。時刻は一分、また一分、待っていた間と同じように進んでいく。だが五分経っても累は現れない。
(誤差だよね。五分だもん)
累が待ち合わせにルーズなのかどうかは知らないが、五分程度なら許容範囲だ。そう言い聞かせながら待ち続けたが、さらに五分経っても累は現れなかった。電車が遅延しているのかと思い改札を見るが、電子掲示板はダイヤが通常通り表示されている。スマートフォンを見てもチャットには何の連絡もない。
そしてついに十五時を迎えたが累は現れなかった。けれど待ち合わせに数分遅れることくらいあるだろう、今度はそう言い聞かせながら待ち続けた。けれど十分が過ぎても累はやって来ない。
(どうしたんだろ。何かあったのかな)
葵はキーボードをタップして『やっぱり来れませんか?』と送った。けれど既読にはならないまま、五分、また五分と経過し気が付けば十五時半になっていた。そしてようやくチャットに通知が来たが、送り主は累ではなくサークルのグループチャットだった。そこには『累来ないならもういいよ』と書かれていた。おそらく誰しもが来ないことなど分かっていたのだろう。来てくれると思っていたのは、モブの域を脱しないが連絡先を貰った優越感に浸っていた葵だけだったのだ。
(……馬鹿みたい。浴衣まで作っちゃってさ)
今日の浴衣は向日葵柄だった。今までは忌み嫌っていた柄をあえて選んだのはモブにできる数少ないアピールだ。葵はがくりと肩を落とし、サークルの全員が待ち合わせている場所へと向かった。結局その日は既読が付かず、所詮そんなものかと葵は現実に引き戻された。
そしてそれから三日ほどが経過したが相変わらず累は部室に来なかった。そんなことはいつも通りだが、葵は一つだけ気になっていることがあった。
授業が始まるのを待ちながらスマートフォンのチャットで送った文字をじっと見つめてみてもやはり返事はないが、ないのは返事だけではなかった。
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