異変

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異変

 父は数分で食事を終え、いつものように沈黙から逃げるに台所を去った。  私はいつものように休憩の為に寝室へ行ったんだろうと思った。  約十分後、母が少し慌てたように私を呼んだ。  寝室に行ってみると、父が顔をしかめてベッドに横たわっていた。  母によると、トイレの後にこうなったらしい。  意識はあり、「あーも、何だこりゃ」と苛立ったように腰を押さえている。    取り敢えず、どこが痛いのか尋ねてみると「腰の右、足の付け根、骨盤の辺り」など曖昧な答えが返ってきた。  次に、どんな痛みか聞くと、刺すような痛みだと返ってきた。  父が「まずはかかりつけの個人医に……」と言い出したので、私は「刺す痛みなら早く大きな病院で診てもらった方がいい」と止めた。  取り敢えず、自動車で15分程の最寄りの大きな病院に行く事になった。  前にその病院で母が切り傷の出血が止まらない深い怪我をした時に、緊急外来を使って何故か怒られたらしい。それもあってか緊急外来で行っていいか母が電話で確認を取った。  結果、自家用車で父を連れて行く事になった。  母によれば、痛みなどの病状は病院に詳しく伝えたが、意識がはっきりしてるので病院側も救急車で来るように言わなかったらしい。  その他も何となく妙な感じがして、それでも救急車を呼ぼうかと提案したが、父は首を振った。多分、近くに仕事場の人間がいるので大事にしたくなかったのだと思う。  父は母や子供達の前で今まで間違った判断をしなかった。家族で色んな困難にぶつかった事もあったが、父が判断を下し的確な指示を出してくれた。  どんな時もどっしりと構えて、狼狽えてる様子を見せず、そうしてくれた。  その信頼している父が大丈夫、呼ばなくていいと言った。立って着替えまで始めていた。  私達は本当に大丈夫なのだと思い込んでしまった。  そのまま介抱しながら自家用車で病院に向かう。  それでも、「刺す痛み」というキーワードでもっと更に緊急性を疑うべきだった。  この判断ミスは、自分にとって一生背負っても負い切れない大罪だったと思っている。  尊敬している親に、親孝行せねばならない親に、鞭打つどころか危険な橋を渡らせてしまった。  覆水盆に返らず。この言葉の意味が終わった今でも非常に心に深く刺さっている。  
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