サクラ・ディストピア

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 千代田植物管理センター室長の能田桜子は、デスクに座ったまま動かない研究員の新田真治を振りかえり、声をかけた。 「ねえ、もう今日は終わり。帰るよ」  新田真治はD103タイプの雄の個体。A25タイプの雌の個体である能田桜子は、内心彼に興味を持っている。彼のデスクに近づくと、ふいに彼はコンピュータの画面を閉じた。それから、今気がついたように、さわやかに笑った。 「ああ、センター長、もう時間ですね」  彼の表情に見とれながら、桜子は軽く笑顔を返す。 「仕事に夢中なのは悪いことじゃないけど、時間は守ってね。決まってるんだから」 「はい。今出ます」  真治はカバンのファスナーを閉め、チェアから立ち上がった。脇に抱えるようにカバンを持ち、桜子に続いて事務フロアを出る。  廊下に出ると、ほっとしたように桜子は誘った。 「今日、少し飲んでいかない。桜並木がきれいよ」  真治は静かにうなずく。桜子は目が離せない。遺伝子の選出には容姿よりも能力の要素が重視されていたはずだが、それでも真治の容姿は抜きんでていた。能力にも容姿にも恵まれた遺伝子を持つ彼を、桜子は少し羨ましく思う。
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