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センターの門をくぐり、レンガの塀に沿って二人は道を行く。駅までの一本道だ。千代田植物管理センターは、駅から少し離れた場所にあり、通常人が来ることはあまりない。内部の人員も最低限、ほぼAIが管理しているのだが、そのチェックやまだAI独自には任せられない人間の領域の研究を行っている。
空は紺青色と化し道沿いのソメイヨシノの木から、満開を過ぎた桜の花びらがはらはらと舞い落ちている。桜子はほんのりとロマンティックな気分に浸った。傍らの真治もそうであろうと横目で見やると、どうした訳か舞い落ちる花びらたちをまるで睨みつけるように見ている。
「ここのソメイヨシノは4世だったよね」
ふいに真治が口を開いた。そのどこか憂鬱そうな声に桜子は驚く。
「そうね。第二次世界大戦後の日本全国に大量に植えられたソメイヨシノを1世とするなら、今はおよそ4世に当たる。ソメイヨシノの寿命って短いから、次期が来ると伐採してまた植替え、その繰り返し。そんなこと、専門の君の方がよく知っていることでしょう、新田君」
「ええ、そうですね。千代田では特にソメイヨシノの管理に重点を置いているし」
「そう、何よ、今さら」
意味もなく微笑んだ後、桜子はそっと真治の腕に自分の腕を絡ませた。
「ねえ、今日は駅のホテルに行きましょうよ。最上階の部屋で、一面の桜を眺めながら、お酒をのむの。素敵じゃない?」
新田の表情が柔らかくなった。
「いいですね。僕も少し気分を紛らわしたいことがあるんです」
「あら、何? まあ、いいわ。後でゆっくり聞くから」
桜子の心は弾んだ。久しぶりにあれをやりたい。もう、生き物に生殖活動は無用になったけれども、それでも楽しみとしてはときどき味わいたいものだった。旧人類の名残の悪しき部分はほぼ駆逐されていたが、無害な物事については今も娯楽として残っている。
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