サクラ・ディストピア

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 駅ビルとしてそびえたつホテルの上階。ここは桜がきれいなことで有名な場所だった。桜子はまさに降りしきる花びらの中に眠るかのように、今は安らかに寝息を立てている。  ベッドからはい出し服を着た真治は、桜子を起こさぬよう注意しながら、大きな窓の前に移動した。夜間のライトアップは朝方まで続く。今も広々とした桜の木々がぼう、と浮かび上がっている。しかし真治は見とれる気になれなかった。  今日の発見が彼を逸らせていた。桜子に怪しまれないように、従順にここまで来たが、彼には眼下の景色は今やおぞましいものに見えているのだった。彼は一つ、気づいてしまった。  もはや人間をはじめ多くの生物が優秀な個体のクローンの数百タイプずつに選定されてしまった世界で、なぜその個体の一つ、D103タイプの雄の個体である自分がこれほど不安と焦燥感に憑りつかれるのか、彼は自分でも訳が分からなかった。それでもそれは、おぞましいものに見えた。  もう一度ベッドの方を見やり、変化のないことを確認して、彼は抱えて持ってきた自分のカバンを開いた。ポータブルコンピュータを開いて、昼からセットしたままの記憶装置から画像を呼びだす。  そこには、白に近い薄ピンクだけではない、種々さまざまの「桜」の画像がふんだんに記憶されていた。いずれも、今はどこにも見ることのできないものばかり。  とくに「吉野の桜」には目が釘付けとなった。「吉野」に関する古い文書を検索にかけて、何度もエラーを繰り返しながらも、ようやく彼はそこがはるか昔から「桜」の名所だったことを突き止めた。そしてその由来も。
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