サクラ・ディストピア

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 吉野には、200種のサクラが3万本も植わっていたという。そのグラデーションをなす美しい風景もさることながら、「200種」という数字に真治は圧倒された。主に古来からの修験者たちが植樹したものだという。  真治たちの世界では「桜」は「ソメイヨシノ」と同義であった。というより、桜と呼びうるものはソメイヨシノ以外になかったのだ。  それが当たり前だと思っていた。人々が皆クローン人間として生まれてくるということと同様に、全国に植樹された桜はほぼソメイヨシノ。その樹木は五十~六十年たつと老化して危険になるので、人為的に切り倒し、挿し木で育てておいた次世をまた全国により広大に植えていった。  植え替えるたびに繫栄していくソメイヨシノと並行するように、ニンゲンもまた、優れた遺伝子を持つ個体の遺伝子を元にしたクローンの生成で繁茂するようになった。  遺伝子の研究が進み、DNAの細部まで──大型コンピュータの力を借りて──解析しきった後に、病のリスクが少なくそれぞれ特定の能力に長けた、比較的穏やかな個体を数百種選出し、それらのクローンで人類を新しくしたのだった。  これは、それまでとは質と次元を異にする「進化」であると言われていた。  ニンゲンを中心に、悪しき遺伝子を残さないようにしたおかげで、無駄なこと、たとえば諍いや争いごとが激減した。まさに人類のユートピアが実現しつつあるのだった。  利他精神に富んだ遺伝子を選出したために、お互いが助け合い愛し合う理想の人間関係もごくふつうになった。  人数の調整や必要配置場所をAIで分析して、新たなクローンをまたつくり出す。違う遺伝子同士のクローンの生殖は禁止されている。ただし、愉悦を得るための遊びとしてなら許されていた。それはもはや生殖手段としての意味を喪失している。
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