サクラ・ディストピア

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 ただただソメイヨシノの咲き乱れる樹間を歩く。どのくらい歩いたのかさえよく分からなくなっていた。すでに頭の中までが、花びらで埋め尽くされたかのようにぼうっとしている。視界がどんどんとぼやけていく。差し伸べられる枝たちが幾重にも重なりあう。その先もその先も薄白い幻影。ほんのりと紅を浮かべた、薄白い幻影。  立ちどまる。空を見上げる。真っ青が花たちの合間に映えている。微かな風の気配以外に音はない。ソメイヨシノの葉は花が散った後に生える。葉擦れの音さえしないのだ。  まだ過渡とはいえ、生物たちのクローン化が推し進められている。「吉野」に分け入る鳥たちもいない。鳥も求愛の囀りを失った。ただひたすらに静謐な、温和な世界。  愛し合い助け合う世界。無意味な諍いや争いのないユートピア。  ソメイヨシノはそんな異次元の進化の象徴なのだ。  あらためて真治はそのことをこみ上げる想いとともに感じとった。  胸の奥の疼痛は、旧人類だった頃のD103の元となった人間の名残だろうか。  真治はそこに跪いた。よく晴れた春の陽は完璧なまでに満ち足りていた。
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