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すでに時間の感覚は失われていたが、ほんの少し風の気配を感じたとき、真治は樹間の道の先方に影を見つけた。その影を見た途端に、彼には閃くものがあった。ただそのままに影の近づくのを待った。その姿がはっきりと見えるくらいになったとき、影は言った。
「やあ、君の名は何。クローンD103」
鏡で知る己の顔と寸分違わない顔だった。背格好ももちろん同じだ。同じ遺伝子を持つその男は、白いシャツを少しだらりと身に着けて、微笑みながら片手を上げた。
「新田真治。君は?」
「僕はね、D103だ。クローン維持用に確保されているにすぎない個体なんだ」
真治は驚いた。そういう役割の個体がいたとは初耳だ。
「たとえ健康上も優良な遺伝子を持っていたとしても、ウィルスの影響は避けられない。ウィルスはある意味生物進化の起爆剤だったが、その分容赦もないからね。遺伝子保存用の個体と、その体細胞はしっかりと管理されている」
それは考えてみれば当然のことだった。真治は得心した。
「今回で、この吉野を訪れた僕のクローンは六人目さ」
「もう、そんなに来ているのか」
「僕の知る限りはね」
二人は軽く握手した。その二人の手の上にも、花びらがはらりと舞い降りた。
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