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浩平の前でなかったら、ぽたりと涙が落ちそうだった。そうだ、目の前をはらはらと散っていく桜の花びらよりもずっと重く。
母は、実の母の子ではなかった。義理の母はいたが、母というよりはお手伝いさんに近いような存在だった。だから、母にとってはその父が本当に親と呼べる存在だったという。
田舎の農家の話。
今私たちが生きる世界、ましてや都会ではまったく嘘のように現実感のない話。そういう話を幼いころから繰り言としてさんざんに聞かされていた私は、さっそく母が嫌いになった。
今思っても、幼子を愚痴をこぼす相手にしていて平気なのは、母の幼さと世間知らずの賜物だと思う。
私が母を疎むと、母は急速に私への関心を失い、妹の方に目が行くようになった。私はほっとした。早くこの親の元を出て一人になりたい、と決して短くはない小学校から高校までの時間をそれを支えに生きていた。
母とは疎遠ばかりか険悪な時期もあった。
でも、私がいちばん悔しかったのは、母が私と離れた途端、何の屈託もない親であり子であると頭から思い込んだことだった。
母には今でも、母という気持ちを持てない。
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