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さくらでんぶによって、その母のことが思い出されたのだ。
母は言った。
「おばあちゃんの代わりに、一度だけおじいちゃんが遠足のお弁当を作ってくれたのよね。おじいちゃん、よく分からないから、さくらでんぶをぎっしりとご飯の上に敷いたの」
母の声までよみがえる。
「みんなにバカにされた。母なしっ子って」
もう、そういう話はうんざりだった。私は沈黙を守った。小学四年生の時のこと。
その後の遠足で、もたされたお弁当。
学校から歩いて行った広い芝生の公園で、女の子の友だちと四人で丸くなって、シートを引いて座り、リュックから水筒とお弁当箱を出した。
「何が入ってるかな」
一人がうれしそうにいう。
私は何の考えもなく、自分の弁当箱のフタを開け、そして絶句した。
一面の四角いピンク。
北国の遅咲きの桜ももう散りはじめ、はらはらと絶え間なく私たちに降りかかる。
「だし巻き卵、入ってた」
「唐揚げだ」
そう言い合いながら友だちが私の弁当箱をのぞき込んだ。
「わあ、きれい」
一人がはしゃいだ声を上げた。
「桜だね。いいお母さん」
私は思い涙を必死でこらえた。笑顔をつくって、ぱさぱさしたさくらでんぶを口に含む。飲みこみにくい。
あの時の桜は、とても恨めしかった。
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