たかが甘さが八神を殺す

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 何がどうしてこうなったのだろう。  飛行機への搭乗案内をするキャビンアテンダントを眺めながら、遠い目で八神は飛行場を眺める。 「あ、俺たちのグループ、呼ばれましたね。行きましょう、奏さん」 「ああ、うん……?」     首を傾げながらも水無瀬に腰を抱かれ、八神はアメリカ行きの飛行機に乗り込んでいく。 「ね、良い考えだったでしょ、先生。一緒に住めることになって、嬉しいな」    隣の席で、嬉しくてたまらないとばかりに水無瀬が微笑んでいる。    子どもだった水無瀬の言葉に、八神はそれまで積み上げてきた己を殺された。そして今また、水無瀬の囁く甘い言葉ひとつで、八神は日本で築き上げてきたものを手放そうとしている。 「大好き、八神先生。あ、もう八神『教授』ですね」 「君だって教授だろう」 「そうでした」    八神が教授に上がった途端、追いかけるようにあっさりと教授に上がった男のことは、相変わらず妬ましくてたまらない。それと同時に、気の毒だとも思うようになった。 「これでずっと、一緒だね。先生」 「ああ、そうだな」    歪で、純粋。研究以外に水無瀬がこだわりを向けるのは、八神だけなのだと知ってしまった。愛を向けるわけでもない、十以上も年上の同性を囲い込もうとする姿は、客観的に見るとなかなかにシュールだ。けれど、水無瀬に宿る執着を育てたのは、八神自身だ。哀れだと思いこそすれ、それ自体を嫌だとは思わなかった。    たかが甘さが八神を殺す。  不気味なほど機嫌のいい連れに苦笑しながら、八神は生まれ育った祖国に別れを告げた。
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