たかが甘さが八神を殺す

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「八神先生、味、見てもらってもいいですか」 「ん」  菜箸で差し出された炒め物を、手のひらで受け取り口に運ぶ。行儀の悪い仕草だが、気にする人間はここにはいない。薄めの味付けはいかにも家庭料理といった味で、独り身の八神には染みる味だった。 「おいしいよ」 「よかった」  皿に料理を盛り付けていく水無瀬を横目に見ながら、八神は用意していたボトルをいそいそと取り出した。酒好きの水無瀬の父と飲もうと思って持ってきたものだったが、香りの強い酒だから、味覚のない水無瀬でも鼻で楽しめるはずだ。何より自分ばかり料理を楽しむのも気が引ける。 「どうぞ。お待たせしました」 「ありがとう。いただきます。水無瀬くんも、よければ一緒に飲まないか? 酒、飲む方だったよな? この間学会で行った町の地酒で、香りが気に入ってるんだ」 「ありがとうございます。八神先生とお酒を飲むのは、はじめてですね」 「そうだったかな?」  そうですよ、と機嫌の良さそうな水無瀬の笑い声が響く。申し訳程度に自分の料理を数口つまんだ水無瀬は、あとはサプリメントとゼリー状の栄養剤を手に取った。いつものことなので、いちいち八神も気にしない。彼をフォークと知らぬ人間の前では、楽しくもない食事をするらしいが、味のしない食事をするくらいなら栄養剤で済ませた方が楽だろうと想像はできる。  仕事はどうだ。学生を教えるのは大変じゃないか。アメリカの暮らしは。日本に帰ってくると懐かしい気持ちになるか。そんなことをつらつらと話していたとき、不意に水無瀬は大人びた顔で笑った。 「『フリ』をするのが大変なんです」と、透明な酒を揺らしながら、水無瀬はぽつりと呟く。
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