交通事故

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交通事故

 ミサは塾の帰り道に自転車で歩道を走っていた。ミサの通う塾の近くは歩道の中に歩行者用と自転車用の区分がついているので、車道に出ることなく安心して家への帰途をいつものように走っていた。  その時、ミサの左側から、駐車場から道路に出ようとした車が、アクセルとブレーキを間違え、いきなり歩道に突っ込んできた。運悪くちょうど、ミサの乗った自転車が駐車場の前を通過しようとした時だった。  駐車場の出口なのでガードレールもなく、駐車場から出ようとした車はミサを道路へと跳ね飛ばした。  そこにまた運の悪いことにトラックが通りかかり、ミサはトラックに巻き込まれながらトラックのの下敷きになり、見えなくなった。  周囲でその瞬間を見た人たちは、もう、あの女の子は助からないだろうと誰もが思った。  しかし、唯一運がよかった事に頭だけは轢かれなかったし、ミサはヘルメットを被っていたので脳へのダメージは比較的少なくて済んだのだった。  だが、そうは言っても命の危険が去ったわけではなく、救急搬送されている途中でも、出血性のショックで何度か心臓が止まったほどだった。  ミサは駐車場から出てきてミサにぶつかった人の顔をはっきりと見ていた。 いつも買い物に行くスーパーのおじさんで、ちょっと最近はおじいさんっぽくなっている気はしていた。 『あ、おじさん。アクセルとブレーキ間違えてる。』  そこまでわかってはいても急なことで避けることはできなかった。  それからしばらくミサは真暗な中にいる自分に気づいた。  真っ暗な中で目を凝らすと、救急車で運ばれている自分と、事故現場で懸命に何かを探している警察の人たちと救急隊の新たに派遣された人たちの姿が同時に見えた。 「おい、右腕はどこだ。あと、右の足首と左の腿から下。探せ。なんとか、手術に間に合えば繋げるかもしれないんだ。」 『え?何を言っているの?探しているのは私のからだの部分(パーツ)?』 『いやよ、体のどこかが無くなってしまうなんて、お願い。探して。』  そう思っているミサの後ろにもう一人誰かいる気配がした。不思議に思ってミサが振り返ると、ミサにそっくりな少し大人っぽい女の子が浮かんでいた。 『大分やられちゃったね。多分左足はみつからないから覚悟はしておいてね。』 『誰?』 『未来のミサだよ。とにかく前を向いて生きようとしてね。そうすればまた会えるから。』  ミサは未来のミサだという女の子の言葉を聞くのと同時に現場から引き離され、手術中の自分の上にいた。 「輸血全開で。切断面はもし見つかったことを考えて挫滅している面をできるだけ綺麗にしておくんだ。」 「脳は比較的損傷が少ない。脳の手術を優先する。」  何人もの医師がミサの上に覆いかぶさるようにして、体中の傷を一遍に何とか治療しようとしている。 「肋骨が肺に突き刺さっている。心臓が持つといいんだが。」 「肝臓は半分しか機能していません。挫滅部分を取り除きます。」 「腎臓は左はダメです。左の腎臓取り除きます。」 『ちょっとちょっと、私の身体はどうなっているの?』 『お願い、お医者さん達、もう一度目を覚ましてお母さんに会いたい。』  ミサの手術には9時間ほどかかり、その手術の間に届いた右腕と右の足首は動くかどうかは分からないが、なんとか挫滅部分を修復したり切ったりしながら神経や血管をつなぐことはできた。  しかし、不思議なことにミサの左の腿から下の部分はとても大きな部分(パーツ)なのに、見つけることができなかった。  ミサを手術した医師の必死の努力によって、ミサはなんとか命をつなぐことができた。しかし、脳の損傷は軽い方だったのにもかかわらず、ミサはなかなか目を覚まさなかった。 「身体全体へのショックが大きかったため、多分目覚めるのに時間がかかっているのでしょう。いつ目覚めるのかは現段階では申し上げることはできません。」  担当医は急いで駆けつけて手術の終わりを待っていたミサの母親にそう告げた。父親は海外に出向していてまだ連絡が取れていない。  ミサは手術の途中から、自分を上から観ていることが難しくなり、いつのまにか、自分のずたずたになってしまった体へ戻っていた。  
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