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下される処分・2
重圧感のある部屋の中で部屋の端に竜牙と日和は並ぶ。
中心には師隼と鳶色の髪の少女が相対する形となり、今から処遇が決定する。
今回他の術士達は呼ばれていない。
波音はこの場を滅茶苦茶にしそうだし、玲も流石に冷静では居られないらしく、場にいれば何をするか予想もつかない。
そもそも学年が違い、学校も違う夏樹を呼ぶのは相応しくないとして師隼が避けた最小限の形だ。
とはいえ、師隼が最後まで冷静に応対をするとは本人も言わなかった。
寧ろ狐面を管理し、指示する立場にあった師隼にとって櫨倉命の行為はこの上ない裏切り行為でもある。
長い付き合いがあるという竜牙は師隼を止める為に来たのだと言っていた。
師隼は事の概要を纏めた用紙を手に取り、捲る。
そして狐の面を後頭部につけた女を強い視線で見つめた。
「さて、事の始終を聞かせて貰った。
問題行動の内容は監視対象である金詰日和に面を見せただけでなく、素顔を曝し、挙げ句の果てには金詰日和に妖の手がかかっても放置した、とあるな。名は?」
いつもより声を低くした師隼は、明らかに怒っていた。
先ほどまでは落ち着いていた師隼がここまで空気を変えるほど怒っていたのかと思うと、命のやったことは日和の想像以上に悪いことだったのだと実感できる。
「は、櫨倉、命です……」
ぎらりと威圧の酷い師隼の目先に立たされている女は震えながら、名を名乗る。
その表情は恐怖からか、俯き、顔を下げてよく見えない。
「何か言い分は」
術士独特の力なのか、はたまた師隼自身のオーラによるものか。
酷く怒りの色を凝縮させたような、力強い師隼の目は命を捕らえて離さない。
命は震え上がりながら声を出す。
その姿はそれこそ蛇に睨まれた蛙のようだ。
緊張からか、はたまた恐怖からか、反動で命は声を荒げ強気に出る。
「ぼ、僕……いえ、私は金詰日和を、監視対象にする必要はないと判断しました! 術士様達には大切な任務があります! その手を滞らせ、煩わせる必要があるのでしょうか! この女にそうしてまで守る価値があるのでしょうか!?」
「理解ができぬ、か? 危険が及ばないよう我々が保護をする必要がある……その為に出された監視任務だ。ただ一介の狐面であるお前にこの少女が何者なのかなど、分かるまい?」
「分かりません! ですが術士様達はこの町をお守り下さる方々です! それならば住民は全て平等に守られるべきなのではないでしょうか! そんなに彼女が特別な存在なのですか!? 私はっ、――ふぐぅ!?」
恐怖から一度出た言葉は止まる事無く早口に捲し立て、命は日和を指差す。
瞬間がっ、と勢いに任せた師隼の乱暴な右手が命の口を押さえるように掴み、その言葉の続きを強制的に止めた。
震えと恐怖によって余計に出た言葉は師隼に大層な反感を買ったらしい。
「下賤が……口を慎め」
「師隼、落ち着け!」
「……っ」
片手で命の両頬を持ち上げる師隼に、竜牙が声を上げ師隼を止める。
師隼の怒りは既に平常の範囲を超えていた。
すぐにでも術が発動しそうな程に、師隼の周りはぱちぱちと光り始めている。
日和は背筋が寒くなって、自身にまで伝わってくる師隼の怒りに息を呑む事しかできない。
「ひっ、ひぃ……!!」
まだ師隼の力を理解していないであろう命は恐怖と畏怖に顔色を染め上げた。
震えと厭な汗が身体を伝う。
「では貴様には人の価値が分かるのか? どの人間が尊ばれ、どの人間が守られるべきであるのか、分かるのか? だったら言ってみろ!」
「わ、わた、しはっ……術、士様が……師隼様がっ! 尊ばれし、方々だと……ぐあっ!ぅぐ……」
本気で怒る師隼は手に光を込め、近くの壁に命を全力で投げつける。
飛ばされた体は壁に強くぶつかり、床へ転がった。
「戯れ言だな。貴様の言葉は全て戯れ言だ! だったらその身で知るがいい、貴様は……――」
「……っ!」
師隼の右目が黄金に輝き、光が命に向けられ右手に集う。
命は恐怖に頭を伏せ、竜牙は師隼の腕を押さえつけた。
「師隼!!」
「離せ竜牙」
「師隼落ち着け! 悔い改めたのだろう、戻るぞ!」
師隼は顔を歪ませるものの、命から視線を外そうとはしない。
「くっ、離せ、竜牙……! この者は識るべきだ……! 何の為に我々がいて、何の為に狐面が作られたのか……そして、誰の為にあるのかを! 術士様だ? 馬鹿を言え、私達はそんな信仰心の上に立つ者でなければ、救いを蒔くような者共でもない!」
「くそっ、完全に頭に血が上って――!」
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