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下される処分・3
「――待って下さい!」
竜牙が押さえる腕を師隼は振りほどこうと藻掻く。
その間に日和の少女が師隼と命の間に割って入った。
その姿に命はぽそりと呟き、目を見開く。
「か、金詰、日和……」
師隼はゆっくりと命から日和へ視線を移す。
まるで蓋をするように無理矢理怒りの表情を消し、穏やかな表情を見せた。
「日和、そこを……退きなさい」
「い、嫌です!師隼、この方に……櫨倉さんに何をする気ですか……!?」
「退け、金詰日和!!!」
「ぜ、絶対、嫌です……っ!!」
優し気に声をかける師隼だが、その表情はあまりにも歪んだ笑顔だった。
日和が否が応でも首を横に振り、笑顔のまま日和を見る目が、厳しくなっていく。
「かっ、金詰! なんで僕を庇う!」
それでも拒否をする日和に命は声を荒げた。
その姿に師隼はがくりと首を落とし、鼻で笑う。
「……ふっ、そうか。監視し、守護する側が逆に監視対象に守護されるとは愚の骨頂だな」
「しじゅ……――」
「――櫨倉命、貴様に命令を下す。今すぐその面を壊し、跪け! 今後一切貴様に術士の加護は与えん。当然、今までに教えられた技も置いていけ。外で野垂れ死なぬことだけは、祈っといてやろう! 以上だ」
師隼は嗤っていた。
「師隼、それは……」
「日和、君は優しすぎる。己の身を滅ぼす優しさはもう捨てろ。本来なら私刑であるが、極刑だ……今すぐにでも私が直々に手を下すべきだと思っている。だが、君は免れるよう頼みたいのだろう? だったら、私は直々に手を下さない。それが妥協点だ」
師隼の声は至って真面目だ。
だからこそ、日和の表情は真っ青になった。
「そん、な……」
倒れたままの命は強打し、痛みに耐えながら日和に視線を移す。
「いや、いい……いいんだ、金詰日和……。僕が悪かった。こんな僕を庇うなど、君がどうかしている……」
「でも!」
「しつこいぞ。私は今、師隼様からの罰を言い渡された。だったら、それを受けるまでだ……。金詰日和、すまなかった……」
命は諦めたように笑っている。
自分が間違っていることを理解してしまった。
こんな人間を庇う存在こそ、守られるべきなのだ。
優しさの塊、自己犠牲の強さ、この女こそ術士に相応しい。
自分に心配して駆け寄ってくる日和に、命は上体を起こし右手で少女の両目を塞いだ。
「櫨倉……さん――」
消えそうな、彼女の最後の自分を呼ぶ声が空しく響き、日和は床に倒れ伏す。
「そうだ、それでいい……。では貴様に与えた技、返して貰う」
その姿に師隼は優しく笑って先ほどの命と同じように手を伸ばし、命の頭を掴んだ。
意識が遠のいていく片隅で、何かが割れる音がする。
――多分、狐の面だろう。
「日和、昼食に行くわよ」
「うん」
いつもの波音のかけ声で日和は席を立つ。
鳶色の髪の少女の横を通り過ぎ、二人は屋上へと向かう。
そんな二人の姿に少女は振り向くことなく、自身の弁当を取り出す。
術士や日和が、鳶色の髪の少女が、互いに視線を向け合うことは無い。
ましてや互いを視認することすら、もう、ない。
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