1章女王編・上

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   報告・2 「――それで、これか」  顎に手をやり、惨状を見る師隼はそう呟いてくつくつと笑う。  師隼の目の前には面白い光景が広がっている。  式は揃ってぴんぴんしているのに対し、波音も日和も顔を手で覆っていた。  移動中の会話は相当堪えたらしい。 「今日は……波音、後でそれ教えるから話を聞いていきなさい」 「うぇ……?」 「……それで?」  やっと顔を上げた波音が師隼を見て、視線を日和に移す。  なんのことやらといった表情を見せているが、一方の師隼は何やら期待に満ちた表情だ。 「ああ、金詰日和をこちらで保護する事にした。昨日母親に遭遇したが、駄目だった。荷物は既に纏めてある」  竜牙の言葉に「ほぉ……」と頷く師隼だが、狐面から詳しく聞いている筈だ。  師隼はそのまま日和に視線を向ける。 「そうか、それはご苦労だったな。金詰日和、君は住んでいた家をどうしたい?」 「えっと……もう戻る事はないと思っています。なので、私はもうあの家は必要ありません。母に任せます」  師隼の問いに日和は顔を上げ、素直に答える。  その様子に深く頷き口を開いた。 「……実は、その母親なんだが……――」 「……っ」  竜牙は息を飲む。  一瞬でも、師隼が本当の事を言うのではないかと危惧した。 「――午前中にこちらへ現れてね、国から出ると言っていたんだよ」 「え……」  日和の口から声が漏れ、竜牙はため息を噛み殺す。  師隼は柔らかな笑みを浮かべると言葉を続けた。 「日和をよろしくお願いします、と言っていた。母親の方も、あの家はもう必要ないらしい」 「……そう、ですか。なら、家具も家電も必要ないです。……あ、鍵をお渡して――」 「――それは持っていなさい。何かあった時の為に」 「えっ……あ、はい……」 「じゃあ君の望み通りに家は綺麗にしておこう。置野の家なら安心だね。送迎ならわざわざ当番制にしなくとも竜牙がいるし、食事もしっかり3食とれるし、ね」  にっこりと、師隼は微笑む。  聞いている分には優しげではあるが、その内容に日和は一瞬固まり、ゆっくりと竜牙を見た。 「えっと、言いました……?」  何のことかといえば、玲に散々怒られた食事についてだろう。 「い、いや……言ってない、ぞ?」  竜牙は首を振り、日和は波音に視線を送る。  疑っている訳ではないが、波音もぴくっと体を揺らしてブンブンと首を横に振った。  その様子を面白いように師隼は笑う。 「ふふ、見てたら分かるよ。身長に対して釣り合ってないからね。器はしっかり作らないと後々厳しくなる。ちゃんとしっかり食べる様にしないといけないよ」  くすくすと笑う師隼は健康について指摘しているが、日和の明らかな体重の軽さと栄養不足を指摘している。  そんなに見て分かる物だろうか…、と、つい日和は自身の体を凝視した。 「そういう事だから波音、気負わなくてよくなったね。これからは好きなだけ日和に言えるな?」 「はっ?何を言うのよ……」  師隼は突然波音に話を振り、波音は不思議そうに首を傾げる。 「…おや? 一緒に行きたい、帰りたい、家も近くなったから遊び放題寄り道し放題じゃないか。気兼ねなく言えるだろう?」 「ばっ――!」  茹った蛸のように、一瞬で波音の顔が真っ赤になり、背筋が大きく伸びた。  日和が波音の顔を覗く。 「……波音、気にしてたの?」 「はっ!? ききき、気にしてなんて……!」  ぱくぱくと口を開閉し、明らかにどぎまぎしている。  竜牙や師隼からしてみれば、分かりやすい事この上ない。 「波音、正直に言えばいいっていつも――」 「――うっさいわね、あんたは黙ってなさいよ」  背後から小さな声で焔が耳打ちする。  しかし一気に冷静になったように波音は立ち上がり、一瞬で焔を足蹴にした。  声も一段と低くなり、恥ずかしがったり苛立ったり、一々激しい動きをするのが水鏡波音という女だ。 「波音、私はいつでもいいよ。ありがとうございます」 「ま、まぁ……気が向いたら、言うわ……」  そんな波音に日和も段々と慣れてきたか、驚くことも無く言い放つ。  寧ろそれを予測していなかったのは波音の方だ。  少し頬を赤くして、ぼそりぼそりと答えるのであった。
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