1章女王編・上

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   金詰日和は迷子・2 「そ、そうなん、ですか……? 8歳差……」 「日和」  衝撃の事実に驚く日和に、竜牙は名を呼ぶ。  その声はどこか、いつもより低く感じた。 「はい、なんでしょうか?」 「術士は基本、見合いや互いの力を考慮した相性で結婚相手が決まる」 「えっ、そうなんですか?」 「師隼は光の術士だ。だからその眷属(けんぞく)となる火や雷……或いは、全く逆の相手、闇の術士が結婚の相手に選ばれる。師隼の相手は闇の術士だ」  火ならば波音もあり得るのだろうが、そうなると水鏡家を継ぐ人間が居なくなってしまう。  昨日、佐艮の話で術士の力を維持するだけでも大変だと思っていたのに、術士というものはこういったことでも問題を抱えるのか。  術士が結婚するにも課題はある……寧ろそれだけ今まで苦労させられた、という事なのだろう。 「という事は、ハルさんも何か力があるとか……? 術士は術士と結婚するんでしょうか?」 「いや、あの人は一般人だ。  光は力が強すぎるから火・雷といった支え、或いは真逆の闇で調律を保つ必要があるだけだ。置野や他の家なら逆に力の少ない人を選んだ方が、存続の可能性がある。  ……蛍だって、そうだっただろう? 日和は一般人だが、術士としての道を選んでいないだけに過ぎない」  つまり玲や波音達にとって相手を選ぶ事はそこまで重要な事項ではない、ということだろうか?  師隼に関しては相手の吟味が難しそうな話ではある。  ただ普通に生活しているだけでも離婚率が低いとは言えない現代日本、更に術士となると生きづらさを感じそうな話だ。 「日和、お前はその気になれば今すぐに術士にだってなれるはずだ」 「そ……れは……そう、ですね…………」  続けて口にする竜牙の言葉にはっとした。  確かに父は術士で、母は普通の人である。  それでもその血が絶えた訳ではない。  私は術士になれるのか――。  しかし、果たしてなりたいのか? と聞かれると、素直に「なりたい」とは言えない。  その様子を汲んだのか、竜牙は目を瞑り顔を逸らした。 「命を懸ける仕事だ。まだ、その道は選ばなくて良い。寧ろ……すまない、なんでもない」  なんとなく、竜牙の言いたい事が分かった気がする。  それでも日和は気付かないように黙ることにした。  命を()てようと簡単に考えてしまう人間が、命を懸ける仕事になど選べる訳がない。  あんな、人を殺してしまうような妖から人々を守る術士の存在は世間的に伏せられても、公にすることなく隠された危険から守る。  それは、本来称えられるべき仕事だ。  父もそうであることに一切知らなかった自分には、まだ近付けそうにない。 「そうだな……一つ言える事があるとすれば、気負うな。お前にとっては事が起こらなければ知らなかったことだ。それはそれでいい。日和自身が術士家系の娘でも、お前はその道を選べ、と誰からも言われていないだろう?」 「えっ、あ……」  自分の考えを見透かされていたらしい。  竜牙は日和の表情が少し変わった事に小さく微笑み、歩調を若干早くする。 「あっ…! ま、待ってください……!」  日和はその後ろ姿を追いかけようとするも、その姿は突然立ち止まって日和に振り向いた。 「……日和、術士家系で力を持って生まれたと分かれば、それはもう決定事項だ。家を継ぎ、術士として仕事をしていく他に選択肢はない。少なくとも、正也はそう思って今まで仕事をしてきた。  だが、日和には選択肢がある。これからの私達……術士の姿を見て、これからどうするかしっかり考えて、決めてほしい」  赤みの強い夕日が正面から竜牙を照らしている。  赤々と見える表情は何故か(くら)く、多分何か思いつめたように映った。  そこに何があるのか、何を見たのか、何を感じたのか、日和に知る方法は無い。  それでも今自分の目の前で事は起こっている。  知らないことを、知らされている。  でもこの世界を知りたいと思ったのは日和の方だ。  だからこそ、日和は息を飲み、真っ直ぐに竜牙を見て答えた。 「――はい。私、皆を見ています。ちゃんと考えて、決めたいと思います」 ***  この日の夕刻、師隼が指揮する集団、狐面に新たな任務が加わった。  『監視・護衛任務指示:金詰日和 篠崎高校1年』 「……という内容で、金詰日和を見守るよう正式にこちらから依頼を頼んでおいた。これでもし彼女が個人で動いていても、何かあった時は直ぐに向かえるだろう」  これは任務が言い渡された4日後。  術士が集められ、日和が置野家に住むことになった件と同時に師隼から発表された内容だった。 「用心するに越したことはない、ということか」 「その方がいい。助かるよ」  師隼の言葉に竜牙は納得し、玲はほっとしたように笑う。 「でも大丈夫なの?信用し過ぎじゃない?」  一方危惧をするのは波音だ。 「信用出来なければ、切るだけだ。彼らは一応分倍河原(ぶばいがわら)が手掛けた駒だからね。ある程度は理解の心があるし、教えた術もある。出来ることをしてもらうよ」 「……っ」  淡々と言う師隼の目は冷えきっていて、その姿に夏樹は小さく息を飲む。  師隼の『切る』は底が知れない事を知っている。  深く関わるような人達ではないが、一抹の不安を感じた。
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