1章女王編・上

84/97
前へ
/294ページ
次へ
   狐面・2 「日和、昼食に行くわよ」 「うん」  いつものように波音は日和を呼ぶ。  だが、今日はいつもとは少し違った。 「二人、仲良いよね。いつも一緒に食べてるの?」  突然声をかけられた。  弥生ではない声に二人で視線を向ければ、鳶色の髪の少女がはにこりと微笑んでいる。  波音からすればクラスに埋没した女子、日和からすれば今存在を知った興味のない人間……となるが、相手はクラスメイトの女子生徒だ。 「ええ、まあね。櫨倉(はぜくら)さんは、私達に用事があるのかしら?」  こちらもにこりと笑顔で返す波音だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。  今まで話してくる素振りも無かった生徒だ。  それが突然探るように話しかけられ、印象はよほど良くないように感じる。 「折角だからお昼ご飯を一緒にって思ったんだけど……迷惑だったかな?」 「そうね、多分迷惑なんじゃないかしら」  下手(したて)だが、得体の知れない雰囲気のある櫨倉という少女。  波音は警戒を含め、高圧的な態度を取る。  怪しい人間には自分から威圧をかけていく、以前日和にも行った波音の常套手段だ。 「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。場所が場所だもんね」 「……っ! 失礼、もう行くわ。日和」 「あ、はい……」  元々この学校の屋上は立入禁止だ。  それを理解した上でだろうか、一番の笑顔を向ける櫨倉に波音は眉を(しか)め背を向ける。  日和は波音の背を追いながらちらりと櫨倉という女子生徒を見る。  しかし彼女はにこにこと笑顔で手を振るだけだった。 「――なんなの、あの女! 日和は知ってる!?」  屋上に上がり、いつものメンバーで食事を始めた途端、波音は苛立ち半分に叫んだ。  予想はしていたが、口ぶりからしても相当荒れている。 「ま、まあまあ……波音、落ち着いて……」 「そうだよ、波音。そんなに怒ってたら折角のご飯が美味しくないよ」  日和と玲はそんな波音を宥めるものの、一向に落ち着く様子はない。 「落ち着ける訳ないでしょ! ぜーったい嫌な奴だわ、なんかある! 日和、絡まれないように気を付けなさいよ!?」 「うぇ、わ……私? 私はそんな、どうせ空気みたいに扱われてるよ」  何故自分が気を付けるべきなのか分からない日和は首と手を振り否定の姿勢を見せる。  一切気に留めてもいない様子に『そんな訳がないだろ』と玲と波音は表情だけで訴えた。  しかしその事実を口には出せない。  日頃の二人の苦労は、未だに日和は知る由も無いのだ。 「だが相手が妖であろうと人であろうと、気を付けるに越したことはない。特に私からでは出来ることに限界があるからな」 「あ……そうですね。気を付けます」  本来竜牙は後者に入ることは出来ない人間だ。  そんな竜牙の言葉に日和は納得し、頷く。  その姿に玲も波音も視線を合わせ、ため息が漏れそうになった。 「でも冗談じゃないからね? 何かあったら、ちゃんと相談するんだよ?」 「兄さん……ありがとうございます。でもクラスなら波音がいますし、校内なら兄さん、外には竜牙がいるので、多分大丈夫だと思います」  玲の心配に日和は安心した表情で笑う。  確かにそう言う事でなら、日和は守られている筈である。  和やかな雰囲気を放つ日和の言葉に術士の三人がそれぞれ悪い気はしないと少し照れたのは、秘密の話だ。 「さて、午後の授業も気張るわよ、日和」 「あ、もうそんな時間? それでは兄さん、竜牙、また後で」 「うん」「ああ」  先に日和と波音が場を発ち、校内へと戻っていく。  残された玲と竜牙は直ぐに返事をかけるが、玲はそのまま溜め込んだ息を吐き出した。 「……兄を演じるのも大変か?」 「まあ、日和ちゃんは邪魔な蟲を視認すらしないからね……」  玲のため息は苦労性の兄のものだろう。  どうやら彼女に纏わり付こうとする(むし)は、多いらしい。  そのあたりの話は、またいつか。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加