1章女王編・上

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   狐面・4 「前々からあったみたいなんだけど初めて入るんだ、いこいこ!」 「う、うん……」  店内に入ると店員が案内をしてくれた。  ケーキの種類は10種類ほどあるようで、どれもとても美味しそうな写真をしている。 「日和、こっち側に期間限定があるよ!」 「あっ、本当だ。うーん、じゃあこれにしようかな……」  日和が選んだのは期間限定・桃のミルフィーユ。  それを見て弥生は隣のケーキを指差す。 「じゃあ私は抹茶シフォン! やばー、写真だけでもすっご美味しそう……」  写真だけで既に弥生の頬は緩んでいる。  それだけで重たく感じる空気が軽くなった気がした。 「僕は……これにしよっかな。季節のロールケーキ」 「じゃあ決まりね。注文しちゃおー」  弥生はベルを鳴らし、張り切って三人分の注文をする。  するとまた空気が重たく感じた。  何が原因かは分からない。  どこか話しづらい気配があった。  そんな中、突然弥生は笑顔で日和に向いた。 「日和は最近どう?」 「えっ、何が?」  重たい沈黙の中、あまりにも唐突で日和の心臓がどきりと鳴る。  どうしてこんなにも焦った気持ちになるのかは分からないが、それでも弥生は不思議そうな表情を見せると「やだなー」と言葉を続けた。 「何がって、最近水鏡さん達とご飯食べてるでしょ? 仲良くなれた?」 「うーん、そこそこ……? でもすごくお世話になってるよ。寧ろ最近弥生とはあまり遊んでないよね、ごめん」 「えー、謝ることあるぅー? 別に日和が付き合いたい人と付き合えばいいじゃん。私は日和が少しでも楽しんでくれたら満足だよー」 「なにそれ、身内みたい」  まるで親や祖父から言われるような言葉を弥生に言われて、可笑しく感じた日和はくすくすと笑う。  弥生がにんまりと笑う反対隣ではじっと黒い目が覗いていた。 「それにしても金詰さん、最近水鏡さんと仲良いよね。どういう付き合い?」  命の質問に日和は口ごもる。  術士やら妖なんて言葉は出せる訳もなく、どうごまかせばいいか分からない。 「えっと……」 「付き合いなんでどうでもいいよ。仲良く出来ればそれでいいじゃん。ねぇ?  私と水鏡さんが友達なんだから、日和と水鏡さんだって友達だよ。友達の友達は友達なんですぅーっ」  中々横暴とは言い難いが、弥生のフォローが入って日和は心臓を一撫でする。  何だかんだ言って弥生の思考はとても柔軟のように思った。 「あ、ほら、ケーキ来たよ! 食べよっ」  早いか遅いかは分からない。  お待たせしました、と三人の前にケーキが並べられた。  お洒落に可愛らしく飾られたケーキは見た目以上に甘く、優しくて引っかかるものも美味しい幸せで溶かしてしまう。  日和と弥生、命で「美味しい」と声を揃え舌鼓を打ちながら食べた。  帰りもこのまま何事も無ければいい。  そう願う日和の少し心配した表情を、命は見逃さなかった。
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