1章女王編・上

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   悪意のある目・2  ――おかしい。  金詰日和は夜になっても帰ってこない。  連絡を入れても返事が来る気配すらもない。  竜牙は心配と不安が溜まり、正也の部屋の窓から出る所だった。 「すまない、竜牙。もし見つかったら無理に連れ戻さなくて良いから、日和ちゃんの近くに居てあげてくれ」  佐艮にそう言われた竜牙は「分かった」と短く答え、飛び出した。  ぽつぽつと梅雨入りを知らせる雨が降り出す中で外へ出たが、正直どこを探せばいいか分からない。  波音と玲に連絡をし、夏樹には一通りの話はした。  見つかれば多分連絡は来るだろう。  その間に自分が出来ることは探すことだけだが、一体金詰日和という人間はどういう場所を行くのか検討もつかない。 「……まさか、な」  浮かぶ候補は一つだけ。  しかしそこは彼女にとっては苦しみの塊となりそうな、孤独の城だ。  竜牙は急ぎその方へと向かう。  家の周りは、静寂だ。  いくつかの家はまだ明かりがついているが、もう何も無い金詰日和の家は真っ暗なまま。  やはり居ないのだろう、徒労だった。  深いため息が口から吐き出され、竜牙は踵を返す。 (いや、居る。金詰日和の、力の気配だ)  もう1つの意識が力を感知した。  玄関に近付き、ドアに手をかけてみる。  しかし、鍵はかかっているようで動きもしない。  空を見上げ屋根に上がり、一つだけの部屋に通じる窓を覗いてみる。  だが、見える範囲には誰もいない。  ――いや、夜色に同化していて分かりづらいが、学校指定鞄の防犯として光るラインがドア横に見えた。 「日和、いるのか?」  窓を触るが、当然鍵は閉まっている。  声をかけても返事はない。  どうしたものか。  思案した所で、酷く冷たい声がした。 「……すみません。帰れません」  小さく、弱々しい声。  窓ごしに聞こえるそれは、確かに金詰日和のものだった。 「日和、どうした。何があった?」 「何もありません。帰って下さい」  姿を見せない日和は明らかに声のトーンが低く、冷えきっている。  怒っている、というよりは拒絶に近い。 「一先ず姿を見せろ。無事なんだな?」 「……帰って、下さい」 「……」  一向に日和は姿を見せない。  何かあったに違いないが、今は確認する(すべ)を持っていない。  竜牙は仲間に日和を見つけたことを連絡に入れると、一度屋根から飛び降り再び屋根へ。  今度は静かに飛び移った。  日和は周囲に透明な壁を張った。  目には見えない、拒絶の壁。  もう誰にも視認されないよう、もう誰にも感付かれないよう。  善でも悪でも、もう人に何かを思われるのは、言われるのは嫌だ……――。  近くに竜牙がいる気配も読めないまま、眠ることもできず朝になって、日和は一人家を出た。  学校に行かなければいけない。ただ、それだけの思考。  昨晩は何も食べていないが、今朝も食欲なんて湧かなかった。  (もっと)も、電化製品もない家に食材となるものなんて存在すらしないのだが。  何も無い家は快適だった。  完全な孤独、完全な闇、無意識の内に自身を痛めつけ、更なる苦しみを与えるには充分な空間だった。  昨夜降り始めた雨は雨脚を強くして未だ降り続けている。  傘も持たない日和は玄関を出て、既に全身を濡らしていた。 「……日和、ちゃん」  少ししか経っていないのに、懐かしく感じる通学路。  その、いつもの場所に玲が傘を差して立っている。  よく立っていた姿を目で見て理解しているだろうに、日和は気付かないように目の前を素通りした。 「日和ちゃん!」 「……なんですか」  玲に腕をつかまれた。  それでも日和は視線を一切動かすこと無く、玲を視界にすら入れずに答える。 「……っ!」 「…………失礼します」  氷の様に冷たい表情、何の感情もなく近付きがたい雰囲気を纏う日和の姿。  玲にはそんな日和に覚えがあった。  それは初めて会った時の、全てを拒絶していた小さな少女そのものだった。  玲は項垂れ、民家の屋根を見て首を横に振る。  その視線の先では着物を身に纏う男が頷き、その少女を見守るように先へ進んで行った。
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