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先の見えないトンネル・3
日和は竜牙に運ばれ、置野家の自分の部屋に帰ってきた。
ベッドの傍らには竜牙が付きっきりで横に居る。
部屋に戻ってから6時間程が経つが、日和は一向に目覚める気配もない。
竜牙は頭を抱え、気が滅入っていた。
どうにもこの少女には生存意欲が無く、閉鎖的、況してや犠牲的な性格らしい。
昼食時と様子を見ている間に玲といくつか連絡をしたが、今回の騒動で見事にその弱さが表に出てしまったようだった。
この性格はやはり父を筆頭に家族が亡くなったのが原因か、それとも母親に棄てられたからなのか。
日和が決別した日を考えると、母親から虐待を受けていた可能性もあるが……今はわかりそうにない。
もしかしたら運命的なものなのかもしれないが、この少女に安寧の時は来るのだろうか。
少しでも癒やせる方法があれば是非教えて欲しい、そんな心情だった。
憐れんでいるつもりはないが、無意識に手が伸びて眠る日和の前髪をかき分ける。
「大丈夫か、日和……」
「……う、ん…………」
思わず心配の声を出してしまったが、同時に日和の表情も歪んでゆっくりと目が開いた。
「ここ……」
「日和……!」
「……竜牙、なんで……! 私の傍に居たら仕事の邪魔になります!すみません、すぐ出て行きますから……!」
竜牙を認識した途端、日和の表情は真っ青になった。
焦ったようにベッドから飛び出し、逃亡しようとする日和を抱き寄せ、落ち着かせる。
「何処に行く? 大丈夫だ、落ち着け」
「だっ、め……です……。離して下さい……! 私は、もう……!」
駆り立てられるかのように必死の形相で日和は藻掻き、逃げようとする。
竜牙は日和の両頬を両手で包み、真っ直ぐに自分に目線を向かせた。
「落ち着けと言っている。何があった? あの女に何を言われた」
「はな、して……ください……。私は、皆の邪魔になります……ここに居たらだめなんです……!」
「妖に襲われていたのに、声すら発しなかったな。
死ぬつもりだったか? ここに居られないなら死ぬしかない、と思ったのか? 誰がそんな事を決めた? 私か? 師隼か? それとも、あの女か?
……日和、よく聞いて欲しい。私や波音、玲、夏樹も……師隼だってお前が死ぬ事は一切望んでいない」
「で、でも……」
「私達術士は確かに妖を倒すのが仕事だ。だが目の前で衰弱し、今にも死にそうな少女一人救えなくて人を守る仕事など、出来る訳がないだろう」
竜牙の真剣で真っ直ぐな目が日和に刺さる。
日和の頬と目元が赤くなって、ぼろっと大粒の涙が落ちた。
「……っ…うぅ……」
何かを言いたげで、ぼろぼろと落ちる涙は今まで出さなかった感情が詰め込まれている気がした。
何をそんなにも耐えなければいけなかったのか。
感情を抑え込んで、言葉を飲み込んで、何が彼女をそうさせるのか。
何も言わずただ傷つくばかりの少女、その心の内を竜牙は知らない。
「よく覚えておけ。人は独りで生きられると言う奴もいる。だが、それは所詮まやかしだ。独りでいるつもりで自分が自分の状況を認知していないだけだ。
外の範囲には必ず誰かがいる。それは家族かもしれない、友人、もしくはもっと外の人間だ。日和がもしその人間が認知できたら、言え。なんでも。気持ちでもいいし、我が儘でもいい」
「……」
「守られるのは、辛いか? だが、それはお前が今までに戦ってきたからだ。ずっと戦ってきた人間にこれからも戦えとは言えない。今が休む時なんだ。その間は言いたいことを好きなだけ言え。そしたらまた戦う日が来る。戦える日が来る。
その時はきっと守る側にいるはずだから、沢山世話になった分返してやれ」
日和は静かに涙を流す。
竜牙の胸に寄りかかり、酷い顔をして、静かに聞いていた。
……。
時計の長針が半分以上廻り、それまで静かに泣いていた日和はぐすっと鼻をすすって呟いた。
「……竜牙、お腹が、空きました……」
弥生からパンを一口貰ったとはいえ、丸1日食事を抜いていた日和はお腹を押さえながら目や鼻を赤くしている。
「……ふふ、分かった。今準備させる」
まるで泣きじゃくった子供のような日和の姿に竜牙は笑い出した。
そして日和の頭を撫でると立ち上がり、部屋を出て行く。
それから一人の時間が訪れ、日和は自身の両頬を撫でた。
術士達と会ってから、優しさや安心感ばかりに触れていたように思う。
少し遠かった玲は再び近くなっても変わらず優しく心配してくれた。
波音は友達だと言って世話を焼いてくれる。
竜牙は何でも受け入れ、傍に居てくれる。
夏樹はまだ遠いがきっと良い子なんだろう、そんな気がする。
確かに日和の周りには今、人がいる。
『人間孤独ではいられないよ。あと数人お友達がいて、日和ちゃんがちゃんと頼れるようになったら、私も安心だよ』
祖父の言葉が、脳裏に浮かんだ。
ねえ、私は頼ってもいいの…――?
あとは自分次第なのだと気付いて、竜牙が戻ってくるまで、日和はもうひと泣きした。
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