其れは、西の宮廷にて。

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 一切は、茶を一口啜りつつ一匡の言葉に記憶を巡る。 「改めて其処へ驚かれたのは、帝だけでしょうか……大学に居る際も皆様私へ違和感はある様でしたが、学にて触れるだけの歴史書の絵姿等、記憶は薄い様ですよ。現在の人気役者にでも似て居るのであれば、其れなりに厄介でしょうが」  都であった挿話を。歴史上の人物に似て居る程度では、そう騒がれる事もなかった。精々、何処かで見たかと其の程度。しかしながら、言うなら容顔真美麗な一切。更に、大学にて文武両道である事も知れ渡ったのだから、寄る者は決して少なくなかった。純粋に一切へ交流を望む者もおれば、飾り付けに取り巻きの一部としたい気位の高い者、寄って来ても出自や身分で引く者や、嫉妬に敵視する者等々。そんな輩のせいで、どちらかと言うと都の者へは若干悪印象。 「勿論、良好な付き合いも頂けました。しかし、大学へは知識を得に向かったのであって、友を探しに向かったのでは無いので」  家族も、そんならしい一切の話に苦笑い。誰に似たのやら、此の根性があれば西の宮廷でも何とかやるだろうと。父は、一切を真っ直ぐ見詰めて微笑む。其れは、眩しい一筋の光へ注ぐものではなく。何処にでも居る、平凡な子煩悩の父の笑顔。 「一切。そなたは、正に我が一族の輝きだ。だが、私等には可愛い末の息子……一匡の言う様に、そなたが息災である事を何より望む。何時でもそなたの帰りを待って居る。心身に無理無く、新たな学びを得て来ると良い――」  斯くして。春過ぎ桜も散った初夏、東の下級貴公子一切は、雅を重んじる国、西へと旅立った。  東の帝より用意された護衛等に守られ、東皇家を表す竜胆の紋が記された馬車にて。国境を越えると、少しずつ景色が変わり行く様が窓より見えて。
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