其れは、西の宮廷にて。

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「一切殿。御初に御目に掛かりまする。私は、母より聖と賜りました者に御座います」  名乗った皇子の容顔が、一切へそうそう味わえぬ驚きを与えた。真に麗しい皇子、と迄ならばそうもならなかったろう。其れだけでは無いのだ。何と其れは、現在の東西の礎ともなった東の先帝へ嫁いだ、西の皇子の絵姿と瓜二つであったから。歴史的に功績高き皇后とされ、東皇家所有の宝物庫に多くの絵姿が画集の如く遺されて居る。多岐に渡る学問を修めた一切は、当然其の画集も歴史資料として目にする事を許された立場でもあった為だろう。  しかし。現在己は厳格なる場で謁見の只中。皇子へ声掛け頂き、声を返さねばならない。其処は、生来の冷静さが手伝った様子。気を取り直し、静かに頭を下げて。 「御初に御目に掛かりまする。此の一切、皇子様の輝かしき未来の為、力は惜しまぬ所存に御座います」  其の対面へ、明石も微笑み。 「では、一切殿。貴方へ皇子の学問指南役として、聖の側へ控える事を許します。他は貴方へ仕える様命じた者が居ります故、そちらより……本日は、貴方へ御用意致した私室にてごゆるりと。明日より、聖を御願い致します」  美しくに微笑む帝へ、一切は強い決意込めた声と拝にて答えたのであった。  早速、此れよりの動きをと促された一切。此処へ滞在中、付きとなる男房の案内に、謁見の間を出る事に。続き、聖も父母へ拝を贈り私室へ戻ると告げて出て行く。謁見の間に残るは、明石と近江のみ。人の気配が消えた頃合いに、皆を見送る明石の微笑みは消え、冷たい無の表情へ。 「麗しい殿方で在られたのは真に善き。だが……そなたは、何でも勝手に決め居るのう。此の私を、何と心得る」  下へ控える近江へ、静かに声を向けるも顔と視線は向ける事無く。近江も同じく、聖を見送るに出入りの襖を眺めたまま。
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