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身を震わせ、聖の手を両手で包み其の痛々しい腕へ唇を落とす一切。其れは、一切の中に在る一刀の強い憤りと悲哀を映して居た。曽て大切に、大切に囲うて居た宝物。其れをこんな目に。己の手でどれだけ斬り刻んでも足らぬと。
俯き、震える一切の頬へ掌をあてる聖。何と無く感じた違和感へ。
「貴方は、『一刀』……?」
そう訊ねて。声無く、徐に顔を上げた一切。其の顔へ、聖は目を見張った。一切の瞳に、涙が浮かんで居たから。初めて見る一切の――否。一刀の涙。曽て、哀しい能面の下にあった涙が。一刀の心を覆う能面が、漸く割れたのだと堪らぬ思いが溢れる。そして、其の涙を己の為に流してくれる幸福感。一切の流れる涙を聖が優しく触れ拭う。そして、涙滲む笑みを浮かべて。
「泣かないで……大丈夫。私は大丈夫だよ……貴方の盾になれて良かった」
其の美しい笑顔へ、一切は聖を引き寄せ強く抱き締める。鼻を啜り、出た言葉は。
「帝の貴方を、此れより表に出さずに済む術はあるのか?」
等と。此れに先程の涙が引き、聖は吹き出してしまう。
「無いよ……曽てに置き換えて見なよ。有り得るのか、そんな状況」
「解せぬ。此れならば、再び俺が『帝』で良かった」
一切から出たのは、本気の思い。天子なる地位等二度と御免であると前世で念じた程だが、こんな事になるのならば再び己が国の従僕となれれば良かった。其れ程に、聖を表に出す事が苦なのだ。
聖は、己を縛る懐かしくも甘い鎖に苦笑い。けれど、其の背へ腕を回して身を寄せる。
「今の私は、前世より貴方への憧れと敬愛を胸に成長出来たんだ……貴方は、私にとって只恋しい御方であるだけでは無かった。其の隣に相応しく、対等でありたいと憧れた存在……貴方が傷を負う筈であったのを防ぐ事が出来たのなら、こんなに嬉しい事は無いんだ。だから、嘆かず誇らしく思うて欲しい」
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