其れは、西の宮廷にて。

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 そんな世で、東の国で生を受けたある一人の青年。彼は、東にて文官を多く輩出する下流貴族の子として生まれ、当主の父より一切(イッサイ)と名を与えられた者。先祖代々地味で目立った出世は無く来たのだが、此の男子(おのこ)だけは違った。幼い頃より神童と呼ばれ、読み書き算術に秀で、学舎では常に一等の成績。勿論其れは、東にて高い水準を誇る大学寮でも不動となった。なもので、遂に大学寮での通常の学びを他より早く修める事が出来た一切は、他あらゆる専門的な学へも早くに精通し、大学寮では其の知識を披露、教授を依頼される事もある程に。そんな彼は、武の東に恥じぬ処か誇れる迄の才も。故に、先で東の特殊部隊への勧誘が帝直々の声掛けにてあったとも云う。何の影響か、容顔真美麗。冷たく無機質な瞳が目を引く美貌。噂では、歴史に名を残す先帝の絵姿に似るとも。  とまぁ。天より何物も盛りに盛られた息子へ希望を見出だした父、果ては年離れる兄も給金財産を注ぎ込む形で環境を整え、一族の飛躍をと多大な期待を寄せて居た。そんな家族の期待を受けた一切へ、果ては飛んでも無い機会が訪れたのだ。  都の大学寮卒業を控え、地方の実家へ戻った一切は、家族揃うての夕食時に飛んでも無い報告を世間話の如く口にした。 「――に、西の皇子の学術指南役と……ま、真、か?」  上へ腰を下ろして居た父、豪(ゴウ)が息子の報告へ箸で掴んだ魚の身が落ちる。其れは、東の貴族に相応しき常用の羽織袴の出で立ち。蓄えた黒髪は、頭上にて馬の尾の如く纏められて居るのも東の民の特徴。  因みに。髪とは、東西男女含め此の世で頭部を保護する為のものであり、危機管理意識は勿論、知性や品位を重んじる姿勢にも通ずるとされるもの。ある程度の身分となると、其の髪を蓄える事も作法のひとつとされる程なのだ。立場ある者等に比べて一民の間では自由とされるが、髪は上流階級と共有が許される品位の領域。体裁や身なりを思い、倣う者が殆んどである。
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