其れは、西の宮廷にて。

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 基。其の袴へ落ちた一口分の切り身は一先ず、豪の口へ。他家族は、口を開いたままに固まったまま。そんな中、一切は啜る味噌汁の椀を静かに置く。 「はい。何でも、我が君が昔馴染みで在られる西の后妃様より懇願され、断れずとの事らしく」  西の后妃直々と。現西の后妃とは、西皇家筆頭格の血統を持つ貴公子の出。年近い東の現帝とは旧知の仲である。依頼は、現西の女帝との間にもうけた第一子なる皇子の学問教授。此の世では、男女別無く第一子が家を担う習わしが原則。故に西の后妃は、世継ぎなる皇子へ多大な期待を寄せて居られるのだろう。  降って湧いた物凄い話へ、家族は天の導きではとも。呆然とする父母、妻に代わり兄である一匡(イッキョウ)が喉を鳴らしつつも溢れる期待に口を開く。 「遂に、西の宮廷に迄お前の才が轟いたか……其の年で、特例宮廷出仕……此れは、もしかすると、もしかするぞ……ねぇ、父上!」  興奮が抑え切れぬ兄は、目を輝かせ鼻息も荒い。其れもそうだろう。今年に大学寮卒業を控える一切が宮廷へ入るには、通常の過程がある。志す職により更に専門的な学問を教授する学舎で学び、幾つかの試験を突破し漸くとの流れ。其れでも、御所で雇われるは本の一握り。多くは、地方へと向かう。況してや西の宮廷出仕等、望んでも入れるものでは決して無い。一切の家の地位では、東の宮廷すら遠いのだ。実際、父と兄は御所勤めではない。先祖代々、此の都より離れた地方の役所勤めなのだから。  豪は、緊張に喉を鳴らしながら。 「一切の意思は、どうなんだ……?」  一切は、軽い会釈の後で。 「給金は非常に良く、此方へ半分を送っても貯まるばかりかと。何より、西の宮廷へ出仕との経歴は、此れより東での位置が明るくなる可能性もありますので。そうだ、拝命の際に兄上の出世を条件に足して置きました。近く、都へ向かえるかと」
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