其れは、西の宮廷にて。

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 一匡は、抜け目無い弟へ感銘を受けつつ。 「流石だなぁ……けど、息災であってくれよ」  強くそう告げる声に、一切が会釈で答える。が、一切も口を開く。 「兄上こそ。宮廷へは、どうにも難しい方が多く集うと聞きましたし……まぁ、義姉上と疾風(ハヤテ)も居るので、問題無いとは思いますが」  確かに己は人が良過ぎる事に心配頂くと、言葉に戸惑う一匡。そんな中、息子疾風が空気を変える。 「叔父上っ、私も都へ向かえるのですか?」  先程迄、大人の話に詰まらなそうに食事に集中して居た疾風の輝く眼差し。無邪気に問う幼い甥へ一切が微笑み頷く。 「当然だ。宮廷楽士は、家族含め帝の御側へ置かれるでな……疾風、お前も心優しく、豊かな感性を持っている。父の姿に倣い、変わらず育って欲しい。先の家の事も任せたぞ」  いずれ我が家を担う小さな跡継ぎへ、思いを託す言葉を。疾風は、誇らしげに胸を張ると。 「はいっ……!」  誓いの声を上げたのであった。此れに、一匡と灯も顔を見合せ微笑む。和やかな団欒の景色に、豪も茶を啜り満足気な息をひとつ。そして、徐に口を開いた。 「我が子二人へ『一』の字を付けたのは、私の祈願であった。此の世を大きく揺るがせた、時の我が君への憧れからでな……代々、我等は有り余る凡庸な縁の下の力持ち。其れは其れで素晴らしく、誇らしい。だが、其れでも唯一に憧れるものだ」  豪はそう語り、上より家族を眺める。そして、第一子なる一匡へ顔を向けて。 「一匡。お前は出世に情熱は無いが、心豊かでとても優しい子だ。そして、素晴らしく美しい嫁を見付けてくれた。疾風も、きっと心優しい男子となるだろう。私は、お前が我が家を継いでくれる事を誇らしく思うて居る……此れよりは、己の才を磨くのだぞ」  一匡は父の言葉を噛み締め、改まると頭を下げた。 「はい」
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