そこに存在するだけで

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 楽しかった思い出。  唯一とは言わないまでも、パッと思い浮かぶのは小さい頃に家族で行った夏祭りだ。屋台でいろいろ買って食べて、金魚すくいもしたっけな。きっと今もうちの水槽で悠々と泳いでいるだろう。たぶん。  最後に見た花火も忘れられない。  花火も桜と似ている。短い時間の中でより大きな印象を与えてくれる。綺麗で、儚くて、忘れられない存在。 『夜永桜(よながさくら)』  俺はこの名前が嫌いだ。  散っていく桜は美しい。そんな言葉をよく聞く。  頭上に綺麗に咲く桜の花。その花びらたちがひらりひらりと落ちていく。その瞬間は確かに綺麗だ。  じゃあ、その花びらたちが役目を終えた後どうなると思う?  地面に落ち、華麗さを失った花びらたちは、綺麗、綺麗と言っていたはずの人間たちに踏まれ、泥にまみれていく。  その不恰好な桜の花びらを何度も見てきた。そのたびに憐れみ、自分も最期はこうなってしまうのではないかと少し怖くなっていた。  前言撤回だ。やっぱり桜と花火は違う。花火は跡濁りを残すことなくその一生を終えるから。
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