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手のひらサイズのガラス瓶を指でつつく。中にはビー玉みたいな色とりどりの飴が入っていた。
数日前の二月十四日に、あの子からもらったものだ。
騒がしいと怒られてばかりの私と違って、いつも落ち着いていて物静かなあの子が、頬を赤くして渡してきた。つるりとした包装紙も、ふたに巻かれていたレースのリボンもかわいくて、たくさん、たくさんお礼を言った。
私はなにも用意していないな、と考える間もなく、あの子は念押しするみたく言ったんだ、「三十一粒、全部味が違うんだよ」って。
しわしわになるくらい両手で制服を握りしめて。顔をより真っ赤にさせて、上ずった声で。
三十一日。アイスのフレーバーを真似たわけではなさそうだ。
最初のハッカ味を口にして気付く。
三十一日。この飴を一日一粒ずつ食べれば、瓶が空になるのはちょうど―しまった、やられた、なんて思ってしまう―ホワイトデーその日じゃないか。
「……つまり、お返事お待ちしてますってことね」
マンガみたいに熱烈な告白を受けたことなんてないけれど、わざわざ二月十四日にすてきなお菓子をあげる意味は、そう、そういうこと。きっと。
自意識過剰? 言いたければ言えばいい。
せめて、お菓子には意味がある、なんて聞きかじった豆知識を、興味本位で調べた自分を止めてやりたい、過去に戻れるのなら。
飴が「好き」だなんて考えてもみなかった。ド直球。避けるのは到底無理だった。
オレンジ味を舐めながら思い出す。
二人で小学校の帰り道に虹を追いかけようとして、あわや迷子になるところだったこと。おととしまで、町の夏祭りには毎年一緒に行っていたこと。クラスが離れても学校が違っても、電話しなくたってお互いの遊びたいタイミングが分かること。
仲の良い友達だとか親友だとか、初めましての人に自分たちのことを説明するときは、そんな言葉を使う。
だけど違っていたとしたら?
あの子の好きが、私がこれまで持っていた好きと別物だったら?
イチゴミルク味を歯に当てて、お行儀悪く音を鳴らす。
私には、私の気持ちすら分からない。綿菓子みたいにふわふわと頼りない思考では、日々少しずつ瓶の中身を減らしていくことしかできないみたいだ。
あの子の気持ちはこのガラスの瓶みたいに、かたく、きらきらしていて迷いがないのかもしれない。
そんな特別な気持ちをもらえたのはすごく嬉しい。このお菓子を選ぶあいだ、あの子の頭の中いっぱいに私がいたと思うと、むず痒くて、あったかくて、嬉しくなる。
プリンアラモード味を舌の上で転がす。
お返しにどんなお菓子をあげようかと考えながら。
お菓子そのものに意味をこめるより、あの子が好きなお菓子をあげたい。かわいくないって誰かが思うものも、あの子が食べるならなんだってかわいくて美味しいものになる。たとえ麩菓子でも、サラダせんべいでも。
フルーツの酸味もカスタードの甘さもなくなって、ほろ苦いカラメルの味が残る。
テーブルに置いた瓶は、最初と比べて飴が減っていくのが分かりやすくなってしまったから、なおさら惜しい。
どれもこれも私が好きな味で、食べてしまうのがもったいない。この飴があるうちは、あの子のことを考えるのがいつもよりもっと楽しくて、どきどきするのに。
一緒に遊んでいるときでさえ、こんなにあの子のことを考えたことはないのだから不思議だ。
どんな気持ちで選んだのだろう。どんな返事を待っているのだろう。お返しに欲しいお菓子はなんだろう。今日は、デザートになにを食べたい気分だろう。
訊けばすぐ教えてくれるのは分かっている。だけど私は、こんなふうにあれこれ思いをめぐらせるのが案外好きなのだ。時間を忘れて、あの子を思う時間が。
ミント味がぱりっと割れて、中からチョコレートがあふれてくる。
よくあるチョコミントよりチョコの主張が激しいけれど、これはこれで美味しくて、私はどちらも同じくらい好きで―そう、そうだ。
友達でも恋人でも。
私があの子を好きな気持ちは変わらない。
どちらも等しく望むことは、欲張りであさましくて、あの子にとっても迷惑かもしれない。
だけど私は伝えたい。変わる前も後も、特別だよって言いたい。
最後のフレーバーはさくら味。
口に入れた瞬間はほんのりしょっぱくて、それからだんだん、控えめな甘さへと変わっていく。
変化があるのも、なかなか良いって思わない?
空っぽになった瓶のふたを閉める。あなたの気持ちは、私が全部食べてしまったから。今度は私が、私の気持ちをあげる番だ。
今日は三月十四日。深呼吸をして、あの子へのメッセージを打ち始めた。
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