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「ここか……」 灼けるような夏の暑い日差しに少し顔をしかめながら、僕はようやく到着した2階建ての洋館を見上げた。 つい先日亡くなった祖父が趣味で建てたその古い洋館が、今日から僕の新しい棲家だった。 白亜の外壁に緑色の屋根瓦、お洒落なデザインの格子窓……大正ロマン溢れるその洋館は、祖父が大事にしていただけあってなかなか趣きのある作りだ。 「まぁ、古い建物ではありますが……中はちゃんとリフォームしてますから、一応、各部屋にトイレとシャワー室は設置してます。」 管理会社の白鳥さんが僕にそう説明する。 この大正ロマンな洋館「トキワ荘」は芸術家志望の若者たちにアパートとして貸し出されていて、貸出可能な6部屋のうち4部屋には既に人が住んでいるのだという。 4人分の家賃22万円から会社の利益と維持費約7万円を差し引いた15万円が、管理料として毎月僕の口座に振り込まれることになっていた。 とは言っても実際に管理するのは管理会社の人で、僕の仕事は「ここに住むこと」以外ほぼ何も無い。 「このアパートで、思う存分小説を堪能して欲しい。との事です。」 管理会社の人の横で、秘書の女性が僕に父からの伝言を伝える。 愛人の子供で、おまけに会社経営に全く興味を示さない僕を体良く追い払うことが出来て、父はさぞかし清々してるに違いない──と僕は少しばかり僻みっぽく秘書さんの言葉を心の中で変換した。
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