転校生が「私は宇宙人なの」と言ったので、僕は「そうでしたか」と答えた。

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「お父さんの仕事、転勤が多くてね、小さい頃から引っ越しばっかりだったの」  夏休みが終わると僕たちはまた昼休みに図書館で過ごすようになる。教室にいる時は二人ともそこだけ時間が止まっているかのように動かず、クラスメイトも僕たちの存在に気づいていないのではと思えるほど関わらないのだが僕はそんなことはどうでもいいと思っていた。毎日昼休みが楽しみだった。 「そろそろ同じところにずっと住もうかって考えてるみたいなんだけど、ここではなかったみたい」  ユウナが寂しそうに言う。この時のユウナは自分が宇宙人だという設定を忘れているようだった。 「小さい頃から転校ばっかりで、友達ができなくて、だから私はずっと一人で空想をしながら生活してたんだ。地球以外にも生き物がいる星があったら面白いだろうなって。そしたらどんどんそれが広がっていって、君に聞かせたみたいな世界ができたんだ」  僕がSFへ逃げるのと同じように、ユウナも自分の頭の中で別な世界を作ってずっと逃避していたんだなと思った。僕たちは似た者同士だったみたいだ。不器用なせいで別の何かへ逃げるしかできなかった。 「図書館でSFの小説を読んでたから、君なら私の話しにつき合ってくれるかなと思って話しかけたんだ。自分だけの世界だったラービダ星を、君に知って貰えてよかったよ」  ユウナが引っ越す日、僕は見送りに行った。マンションの前に引越し用のトラックが止まっている。ユウナは明日からこの町とはずいぶん離れた場所に住むらしい。「見送りに来てくれてありがとうね」とユウナは言った。  僕が「また会える?」と聞くとユウナは「わかんないけど、会えるといいね」と答えた。  ユウナがいたおかげで初めて学校が楽しみに思うようになったのに、ユウナは遠くへ行ってしまった。僕はまたユウナが転校してくる前のように昼休みになると図書館で一人本を開いた。図書館の窓からは学校の裏手にある森が見える。並んでいる木々の葉はほとんどが茶色くなっていた。それを見ると寂しい気持ちが大きくなるような気がして、僕はなるべく窓の外を見ないようにした。  それから十年後に僕は小説家としてデビューすることが決まった。ずっと書き続けてきた物語を新人賞に応募したところ大賞を受賞することができたのだ。 「高校を卒業したら大学へも行かず就職もせずバイトをやりながら小説を書く」と言った時は両親から猛反対されたのだが、自分の意志を曲げずにここまで続けてきてよかったと思った。母親は泣いて喜び、父親は「これからも応援する」と言ってくれた。  僕が書いたのは中学生の頃にユウナが話してくれた「ラービダ星」の話しを元にしたSF小説である。長い時間をかけて完成させた自信作だった。タイトルもそのまま「ラービダ星」にし、来月に単行本が発売される予定である。  あれからユウナとは一度も会っていない。彼女がどこでどんな生活を送っているのかは知らないが、ユウナとの日々は今でも昨日の出来事のように覚えている。例えばいま目を瞑ればすぐに瞼の裏にユウナの姿がはっきりと浮かんでくる。  こうやってユウナが話してくれたことを元に作った物語が発表できたことで僕はユウナとの思い出をこの世に残すことができたような気になり、賞金が貰えることや小説家としてデビューできることよりもそっちの方が嬉しかった。  今頃どこにいるのだろうか。もしかしたら「ラービダ星」に帰ったのかもしれないな。そんなことを考えながら僕はユウナとしていた馬鹿みたいな会話を思い出していた。
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