転校生が「私は宇宙人なの」と言ったので、僕は「そうでしたか」と答えた。

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 その日はパラパラと雪が降っていて、彼女は学校を休んでいた。急に寒くなったから体調を崩したのかもしれないなと僕は思った。彼女が毎日座っていた窓側の一番前の席は空席になっていたが他の人の生活は何も変わっていなかった。  最近はずっと彼女が図書館に来ていて、彼女の宇宙人だという設定に付き合いながら毎日馬鹿みたいな会話をしていたので今日の昼休みはやけに静かに感じる。ふと、最近本を読むペースが落ちていることに気づいた。今までは三日に一冊くらいのペースで何かしらの小説、主にSF小説を読んでいたのだが、この頃は一週間に一冊ほどしか読んでいない。昼休みに図書館で本を開くということをしなくなっていた。  僕は彼女のいない図書館に少し物足りなさを感じていた。知らないうちに彼女との会話を楽しみにしていたみたいだ。昨日見たテレビの話題とか最近流行っているゲームの話題とか、そう言う学校で腐るほど行われている会話が僕は苦手で、だからいつも一人でいたわけだが不思議と彼女とするくだらない会話は心地よかった。  次の日学校に来た彼女は少し鼻声だったが元気そうだった。またいつものように昼休みになると図書館にやってきて僕のテーブルを挟んだ向かいに座った。 「私よく風邪を引くんだ。地球の空気にまだ慣れてないのかもしれない」 「向こうにも病気はあるの?」 「もちろんあるよ。戦争が始まってからはいろんなところでウイルスがばらまかれてみんな苦しんでたな」 「へえ」  彼女はそのあと少し黙ってから遠慮がちに口を開いた。 「私、ルビーを買ったんだけど、今度休みの日に一緒にやらない?」  「ルビー」というのは宝石のことではなくてゲームのタイトルである。ポケットモンスターというRPGゲームのシリーズの一つで、「ルビー」は少し前に発売された最新作だった。「ルビー」ともう一つ「サファイア」というタイトルのものも同時に発売されており二つはほとんど同じ内容なのだがストーリーや出てくるポケモンというモンスターがちょっと違ってたりする。またこの「ポケットモンスター」は通信ケーブルをお互いの「ゲームボーイアドバンス」というゲーム機にさすことで互いのポケモンを戦わせたり交換したりすることができる。 「いいよ。今度やろうか」  僕は「ポケットモンスター」をプレイするための「ゲームボーイアドバンス」は持っていたが実際にカセットをはめてゲームをしたことはなかった。使っていないお年玉で「サファイア」を買おうと思った。  二週間後の土曜日、僕が彼女の家まで行くことになった。足首が埋まるくらいに雪が積もっていた。足跡を作りながら昨日聞いた彼女の家の住所に向かった。  彼女の家はマンションの一室だった。地球に来てから勤め始めた父親の会社が用意してくれた住居なのだと彼女は言っていた。これまでも日本のいろいろなところに住んできたらしい。  少し緊張しながらチャイムを鳴らすと彼女がすぐに出てきた。ちょっとぎこちない感じで家に入れてくれ、彼女が黙って廊下を進んでいくので僕はついていった。すると廊下の奥の扉が開いて彼女とよく似た女の人が出てきた。彼女の母親は驚いた顔で僕を見つめた。友達が家に来ると彼女は伝えていなかったのだろう。彼女の母親は驚いた後はすぐに優しい表情に切り替わって「いらっしゃい。いらっしゃい」としつこいくらいに連呼した。僕は小さな声で「お邪魔します」としか言えず、彼女に服を引っ張られたのですぐに彼女の部屋に行った。  彼女の部屋は殺風景でベッドと勉強机があるだけだった。僕らは床に座ってゲームボーイアドバンスのスイッチを入れた。僕も一週間前に「サファイア」を買っていた。通信ケーブルを繋ぎ何匹かのポケモンを交換した後、夕方頃までお互いのポケモンを対戦させた。 「私、こうやって休みの日に友達と遊ぶの、初めてかもしれない」  彼女はそう呟いた。僕も同じだった。友達という響きがしっくりくる相手は彼女が初めだった。  その二週間後に今度は彼女が僕の家に来てまた「ポケットモンスター」をやったのだが僕の母親も彼女の母親と同じような反応をしていた。一瞬言葉を失うほどに驚き、その後は「ゆっくりしてってね」とやけに優しい口調で言った。帰り際に「これからも息子をよろしく」と彼女の背中に向けて大声で言ったのはさすがに恥ずかしかった。友達を家に連れてきたことがなかったので母親は嬉しかったのだろう。  それからは昼休みの図書館でだけでなく休日にも会うようになり家で「ポケットモンスター」をしばらくは一緒にやっていたのだが、それを全てクリアしてしまうと外へ出かけるようにもなった。ファミレスでご飯を食べたり、雪が解けてからは近くの川へ行って石を投げながら馬鹿な会話をしたりした。最近公開された「スターウォーズエピソードⅡクローンの逆襲」という映画を一緒に見に行った。  夏になると釣竿を買って川で釣りをしたが一匹も釣れなかった。かき氷を作る機会を買って一緒に氷を削りシロップをかけて食べた。彼女が「行ったことがないから遊園地に行きたい」と言ったため夏休みに電車で二時間ほどかけてそこまで大きくはない遊園地へ行った。  乗物に乗るための待ち時間にも僕たちはいろいろな話しをした。最近ではふざけた話しだけでなくいわゆる普通の学生がするような普通の会話もできるようになっていたのだが、相変わらず「ラービダ星」のことを彼女は話してくる。よくここまで架空の星の話しがポンポンと浮かんでくるものだなと感心しながら僕は聞いた。僕たちは生まれて初めて絶叫マシンというものに乗り、僕は二度と乗りたくないと思ったが彼女が「また乗りたい」としつこく言ってくるのでその日は合計で六回もジェットコースターに乗りヘトヘトになった。売店で綿菓子が売っていたため二つ買い一緒に食べた。  帰りの電車では二人とも疲れていて外では雨が降っていた。隣に座っている彼女が突然「あの時、傘貸してくれてありがとうね」と言った。 「そういえばあの傘、傘立てにさしたって言ってたけど、持って帰るの忘れてたな。まだ傘立てにあるかな」 「ドジだねえ。もう誰かに盗られてるかもしれないよ」  彼女は笑った後、 「私、また次の秋に転校するの」  と呟いた。
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