転校生が「私は宇宙人なの」と言ったので、僕は「そうでしたか」と答えた。

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 転校生が「私は宇宙人なの」と言ったので僕は「そうでしたか」と答えた。正直言うと本を読んでいるところを邪魔されたくなかった。僕がてきとうにあしらうような返事をしたためか彼女はしばらく黙った。長い沈黙の間もずっと僕のテーブルを挟んだ斜め前の席に座っている。本から目を離してチラッと見てみると彼女は少し悲し気な顔をしていて、やがてふいっと立ち上がったかと思うと窓の方へ歩いた。  図書館の窓からは学校の裏手に広がる森が見える。並んでいる木々の葉はほとんどが茶色くなっていた。もう少し経てば枯葉は全部抜け落ちて一面に敷き詰められる筈だった。  彼女が転校してきたのは一か月程前だった。その朝、転校生がクラスに来るということでクラスメイトはそわそわしているようだったが僕は何とも思っていなかった。転校生が一人この教室に来たからと言って自分の生活は何も変わらない。これまでのようにただ一人でジッと座りながら放課後が来るのを待つだけだ。  担任の先生が見たことのない女子を引き連れながら教室に入ってくるとみんなは黙った。その女子は「廣瀬ユウナです」と名前だけの自己紹介をして窓側の一番前の席に座らされていた。僕は廊下側の一番後ろの席なのでそこは教室の中で僕から最も離れた場所だった。  転校生は特徴のない見た目をしていた。背の高さ、髪の長さ、目の大きさ、耳や鼻や口の形、どこを取っても普通だった。例えば目を瞑って数秒経てばもうどんな顔だったか思い出せない。それくらい印象が薄かった。  休み時間になるとそんな普通の転校生にクラスの女子数人が近づいてにこやかに話しかけた。恐らく、前はどこにいたのと質問したり、わからないことがあれば何でも言ってねと親切に声をかけてあげているのだろうが、少し会話すると女子数人はスーッと何事もなかったように立ち去った。次の休み時間にまた別の女子のグループが転校生の席まで行って話しかけたのだが同じようにすぐに遠ざかり、勇気を振り絞ってという感じで男子数人が話しかけてもやはり少し会話した後に逃げるようにトイレへ向かった。  僕のいる席からは転校生がどんな表情で何を言っているのかはわからなかったが、クラスメイトとは波長が合わなかったのだろうと思う。ほぼ初対面の本を読んでいる人に対して「私は宇宙人なの」と話しかけてくるような奴がまともな感覚を持っているとは思えない。わけのわからないことを言って相手を困らせていたに違いない。  最近転校生は昼休みになると図書館へ来るようになった。本を読むわけでなくただ椅子に座ってボーッとしたり、本棚の間を歩き回ったりしている。この図書館は本来ならば図書委員の中で当番があって昼休みに誰かが受付に座って本を貸したり返したりする人の対応をしなければならないのだが、全員がそれをサボっていた。昼休みに図書館を利用するのはこの中学校で僕くらいしかおらずいつも貸切のような状態だったのに彼女のせいでそうではなくなった。きっと彼女も、昼休みに教室にいても周りから楽しそうな喋り声や笑い声が聞こえてきて居心地が悪くなるのでここへ逃げ込んでいるのだろう。いつも一人だったため誰かの存在がこの空間にあるだけで気が散った。  その日は昼頃から雨が降っていて、転校生は図書館の窓からずっと外を眺めていた。窓の外に並ぶ枯れ木にも大量の雨が降りかかっていて、貧相な体が濡れていくのを不憫に思う。もしかして彼女は傘を忘れてきたのだろうかとも思う。  放課後になって僕の予想が当たっていたことがわかった。玄関の前で空を見ながら立ちすくんでいる転校生は傘を持っていなかった。彼女のことを気に留める人はおらず何人もの人が横を通り過ぎながら傘を空に広げ遠ざかっていく。  僕は他の人と同じように彼女の横を素通りするということができなかった。転校生には友達がおらず学校に頼れる人はいないだろう。一番最近に彼女と会話をしたのは僕の筈だった。「私は宇宙人なの」「そうですか」という会話と呼んでいいのかわからないほど短いやり取りだったが、ちょっと関わったというだけで勝手な使命感のようなものを持ってしまっていた。 「あの」  と、鼓動がやたら速まっていることを自覚しながら後ろから話しかけた。振り返った転校生は僕を見て驚いた顔をした。 「家近いから、これあげるよ」  そう言って傘をさし出すと転校生はもっと驚いた顔になり、目が見開いて口も半開きになっている。こんなにも驚くのかとこっちが驚くほどの驚きようだった。やがてゆっくりと転校生は僕の傘を受け取った。  受け取った後、彼女は何も言わなかった。ただ無言で僕の顔を見つめてくる。これは僕からまだ何か言った方がいいのかと妙に焦り、何か話題はないかと探した結果、 「君、宇宙人なの?」  となぜか咄嗟に聞いていた。 「そうなの。住んでいた星で大きな戦争が始まったから、地球に逃げてきたの」  彼女は小さくそう答えた。
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