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第1章-11:最悪の出来事
「あ、起きた」
目を開くとリナの顔がすぐそばにあった。どこかの小屋だ。向こうに男が立っていた。
「君たちを無理矢理牢屋から連れ出した」
ホロヴィッツの街の広場で泣き崩れていた男だ。筋骨隆々の彼は立派な槍を掴んだまま俺を見つめている。
「俺たちをどうするつもりだ?」
「違うのよ。ベルトラムさんは私たちを牢屋から引っ張り出してくれたの」
「あの男は?!」
ベルトラムは首を振った。
「突然、広場に現れてエミリアを連れ去って行ってしまった。君たちには──」
「ちょっと待て! シリウスの身体は?!」
今度はリナが首を振る番だった。ベルトラムは、牢屋で倒れていた俺たちをここに運ぶのでやっとだったらしい。最悪の事態だ。
「どこなんだ、ここは?」
「鍜治場だ。街のそばの森の中にある」
「街に戻らないと」
小屋を出ようとするとベルトラムが制した。
「街は大騒ぎで警護隊も出ている」
「どうすりゃいいんだ……!」
「君たちに頼みがある。エミリアを救い出してくれ。あの男は東の打ち捨てられた古城へ飛んで行ったらしい」
「飛んで……? 魔族か」
「なんでそう言い切れるの?」
「飛翔魔法は消費する魔力が大きすぎて人間は一時的にしか使えない。無尽蔵の魔力を持った魔族だけが移動に使うんだよ」
ベルトラムの悲壮感に満ちた表情に、俺はエミリアを助けると返事してしまった。
***
三人で東へ向かうと、山を切り拓いた道の途中に関所が建っていた。ここにはそんなものはないはずだった。少なくとも、シルディアで見た地図では。
現に今もここを通ろうとしたのか、四人組が兵士と話をしていた。その四人組を率いていたのは、なんと父だった。
俺は素早く自分が仮面をつけていることを確認した。父たちは諦めたように引き返して行く。
「息子さんはここも通らなかったんですね」
彼らはそう言葉を交わしながら去って行く。父は俺の足取りを追っているのだ……。
突然、ベルトラムが俺とリナを掴んで近くの木立の中に引っ張った。文句を言おうとする俺の口を押さえて、彼は街道を指さした。ホロヴィッツの街の紋章を掲げた馬車が関所を抜けて行った。
「ホロヴィッツが乗ってたわよ」
俺は二人を連れて関所の向こう側に簡易転移魔法で飛んだ。
***
陰気な古城に馬車が入って行くと、ベルトラムがいきなりそれを追って走り出した。彼を追って行った先にホロヴィッツと共に談笑を交わしていた赤い髪の男が待っていた。
「エミリア!」
ベルトラムの視線の先に囚われの身の少女。彼は手にしていた槍を投げてその鎖を断った。エミリアは槍を手に立ち上がる。
俺たちの視線の中心に立つ赤い髪の男が余裕のある笑みを浮かべる。奴は俺を見た。
「お前がシリウスを殺してくれてよかったよ。あいつは邪魔だったんだ」
「誰なんだ、お前は?」
「プロキオン、魔王四天王がひとり。お前にはこのガキを殺してもらいたかったんだ。それが俺とお前の信頼の証となる」
「なに言ってるんだ、お前!」
こいつを殺そうとしても、シリウスの二の舞になるだけだ……そう思うと足を踏み出せない。ここは奴に同調する振りをするしかない。機会を見てエミリアを逃がそう。
「分かった。お前の言う通りに──」
エミリアが咆哮を上げると、凄まじい速度で俺に迫り、槍を突き出した。ベルトラムの大きな身体が急に俺の視界を塞ぐ。
その腹をエミリアの槍が貫いた。
「ああああああああっ!!」
エミリアの悲痛な叫びが響く。
彼女を助けたい。
プロキオンを殺したい。
シリウスを元に戻したい。
魔王を欺き続けたい。
人間にこのことを知られてはならない。
俺はこの状況をどうすることもできず、エミリアとリナの手を取って、行き先を指定することもできないまま転移魔法を発動した。
自分でも、俺が何をしているのか分からなかった。
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