第1章-12:戦乱の渦中へ

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第1章-12:戦乱の渦中へ

 どこかの平原に転移してすぐに異変に気づいた。戦乱の轟音が響いていたのだ。  空を飛ぶ竜が四頭、低空をやって来る。(うわさ)に聞いたことがある、竜に(またが)竜騎兵(ドラグナー)だ。彼らの向かう先に土埃(つちぼこり)(けぶ)っている。混乱状態のエミリアが竜を見るなり、急に飛び上がる。  (すさ)まじい脚力で天高く跳躍すると、先頭を飛ぶ竜の下顎(したあご)に槍を突き刺す。竜の咆哮。エミリアは槍を抜く勢いで後方を飛んでいた竜二頭を地に足をつけることなく矢継(やつ)(ばや)に落としていった。三頭目の頭を足場にして四頭目の頭上に飛び上がると、一気に下降して脳天に槍を突き立てた。  大音声(だいおんじょう)と共に竜が地面に叩きつけられる。 「エミリア!」  リナが地面を蹴って落下する少女の身体を受け止める。彼女は槍を持ったまま気絶していた。 「なんなんだ、こいつは……」  (はか)り知れない戦闘能力だ。だが、彼女を案じるより先に、軟着陸した竜から降りてきた竜騎兵(ドラグナー)たちに取り囲まれてしまった。    *** 「とんでもないことをしてくれたね」  灰色の髪に金色の瞳をした優男が、拘束した俺たちを不敵な笑みで見つめた。  マルガという軍事国家の施設に俺たちは囚われていた。サルーンと名乗った男に迫られて、リナは泣き声を上げた。 「もう私たち終わりよ~! こっちに来て良いこと一個もないわ~!」  サルーンは笑った。 「その通り。君たちは軍法会議にかけられて死刑判決を受けることになるだろう」  俺は拘束を()こうとしたが魔法は不発に終わる。 「魔封布(まふうふ)で拘束しているから魔法は使えないよ。大人しく諦めるんだね。それにしても、竜撃術(ドラゴン・ベイン)の使い手を引き連れているとは、君は何者なんだい?」 「竜撃術(ドラゴン・ベイン)……?」 「まあ、いい。死刑を(まぬか)れない君たちにひとつ提案がある。我々のクーデターに協力しろ。そうすれば、罪は不問に付す」 「いきなり何を言い出す?」  聞けば、マルガの国王ヨハン八世は幼く、実権を握る宰相(さいしょう)・ダリスが隣国との戦争を推進しているという。そのダリス政権を転覆しようというのがサルーンの計画だ。 「条件を飲むしかないよ」  リナが言うのだから、それしか選択肢はないのだろう。俺はサルーンに協力を約束した。拘束が解ければいつでも離脱できるだろう。  意識朦朧(もうろう)としていたエミリアが目を覚まし、拘束を解こうともがき出す。その眼が俺を捉えて、怒りに燃えた。 「お前のせいで、パパは……っ!」  俺は何も返すことができなかった。サルーンは怪訝(けげん)そうに目を細める。 「何があったか知らないが、作戦は数日以内に開始する。それまでには意思統一をしろ」  サルーンが出て行った後の部屋には、長い間エミリアの悲痛な叫び声が充満した。素直に弁明するしかない。 「プロキオンの誘いに乗った振りだったんだ。そうすれば、君を──」 「ふざけるな! いまさらそんなウソを!」 「本当よ」リナが助け(ぶね)を出してくれる。「奴の背後には魔王がいる。あの場で戦えば、もっと良くないことが起こったはず」  エミリアの眼が(かげ)る。涙が落ちた。 「私がパパを殺したんだ……。たったひとりの大切な人を……」    ***  作戦当日の夜、サルーンがやって来た。拘束が解かれた。 「君たちは幽閉されている国王を救出してもらう。意思統一はできたようだな?」  エミリアはリナが必死に(なだ)めてくれたおかげで大人しくはなっていたが、俺を敵視し続けていた。俺はその視線を甘んじて受け入れるしかない。 「重要な任務を俺たちに任せていいのか?」  遠くで爆発音がした。  サルーンは俺の言葉に(こた)えず、俺たちを連れて施設を飛び出す。彼と別れて、指定されたルートで王城へと向かう。その頃にはすでにあちこちで戦火が上がっていた。  国王が幽閉されている塔を登り、最上階の牢獄へ。そこの見張りを無力化して、(おり)を破壊した。暗闇の中から、小さな男の子が歩み出る。ヨハン八世だ。拘束具を解いてやる。 「ああ、助かりました。これで人間を殺せる」  小さな少年の身体がひび割れて鈍色の悪魔が顕現(けんげん)した。
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