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今日は4月7日。都内のとある中学校では着任式が行われている。今年度から新しく教員になった教員もいれば、他の学校から変わって来た教員もいる。彼らは壇上に上がり、生徒や教員たちの視線を受けている。
その中に、唯一の新任の1人の男がいる。村井秀哉(むらいひでや)だ。先月まで大学生だった秀哉は、卒業とともにこの中学校の国語教員として着任した。
「こちらの先生は、村井秀哉先生です。3月で大学を卒業して、この学校にいらっしゃいました。皆さんには、国語を教えていただきます」
秀哉は立ち上がり、演台に向かった。生徒たちは秀哉の姿をじっと見ている。
「おはようございます。今日からこの学校にやってきました、村井秀哉です。私には4年前まで父がいました。その頃、私は大学を卒業して何になりたいか、わかりませんでした。ですが、父の夢が私の生きる道を変えました」
秀哉は自分が教員になろうと思った理由を語りだした。それは、父の夢があり、それを自分が追いかけたからだ。
高校での3年間を終え、秀哉は家でくつろいでいた。いよいよ明日は東京に旅立つ日だ。明日からは一人暮らしだ。期待と不安でいっぱいだけど、時には楽しもう。きっと一人暮らしも楽しいと思えてくるだろう。
と、そこに父、和明(かずあき)がやって来た。和明は寂しそうな表情だ。数年前、胃に悪性の腫瘍が見つかった。何とか取り除いたものの、再発して、その度に手術するの繰り返しとなった。そして、今年の初め、余命3か月と診断された。秀哉の入学式が見れるかどうか、微妙になってきた。だけど、人生を全うしよう。そして、奇跡を信じよう。
「お父さん、あと少ししか生きられないんだね」
秀哉は知っている。和明の命は幾ばくも無い。だからこそ、和明といる時間を大切にしよう。
余命宣告されてからの事、母、文江(ふみえ)は和明との時間を大切にし、週末はよくどこかに出かけていた。だが、秀哉は行こうとしなかった。今は受験だ。出かけている暇なんてない。
「残念だけど、お父さんといる時間、大切にするよ」
「秀哉の卒業式、見れてよかったね」
和明は秀哉の卒業式の事を思い出した。小中学校の卒業式には、母が来ていた。だが、和明が最後に一度だけ行きたいと言ったので、出席する事になった。和明はその時、最高の涙を流したという。
「そうだね」
「こんなに早くして旅立って、ごめんな」
和明は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。一生懸命育てたのに、18年しか育てられなかった。もっと育てたかったのに。無念でいっぱいだ。
その後、秀哉は2階の自分の部屋で悩んでいた。秀哉は大学を出てから、何になりたいのか、決まらない。だけど、早く決めておかないと。これからの大学生活に影響してくるだろうから。
「まだ夢が決まらないの?」
秀哉は振り向いた。そこには文江がいる。文江はエプロンを付けている。
「うん」
秀哉は自信がなさそうだ。同級生の多くは持っているのに、僕はなかなか決まらない。一体僕は、何になればいいんだろう。
「まだまだ考える時間はあるわよ。あと4年あるんだもの」
文江は肩を叩いた。まだ4年間ある。その中で、何になりたいのか考えよう。焦らずに考えよう。
「うーん・・・。でも早く考えないと」
「そうだね」
文江は窓から夜の風景を見た。その先には、秀哉が明日から住む東京がある。東京には夢がある。そこで自分の夢を見つければいいさ。
「大学で見つけようよ」
「うん」
秀哉はうなずいた。だけど不安だ。本当に4年間で自分の夢を見つける事ができるんだろうか? もし見つけられなければ、自分はどうなるんだろう。
その頃、文江は不思議そうに和明の様子を見ている。和明は机から古い写真を取りだして、見つめている。その写真には何かがあるんじゃないかな?
「どうしたの?」
文江は振り向いた。そこには秀哉がいる。まさか秀哉が来るとは。文江は驚いた。
「最近、お父さんの様子がおかしいのよ」
「そうなんだ。その写真に何かあるんじゃないかな?」
秀哉も感じていた。その写真に何かがあるんだと。
「何だろう」
秀哉は和明に近づいた。和明は秀哉が近づいてきている事に気が付いていないようだ。
「お父さん、何見てるの?」
和明は振り向き、驚いた。そこには秀哉がいる。まだ眠れないんだろうか?
「大学の頃の写真だよ」
和明が見ているのは大学生の頃の写真だ。そこには若い頃の和明の写真がある。まるで今の自分のようだ。
「ふーん」
和明は天井を見上げた。大学での4年間を思い出しているようだ。だが、今思うと、少し泣けてくる。
「あの頃は、学校の先生になりたかったんだ。だけど、教える力がなかったので諦めたんだ」
「そうなんだ」
和明はがんが見つかってから、夜に帰るのが遅くなっていた。どうしてかはわからなかった。だが、次第にわかってきた。夕方で仕事が終わった後、大学に行き、教員になるための勉強をしていたようだ。だが、秀哉は全く興味がなかった。
「サラリーマンになって、結婚しても、その夢を捨てた事がなかったのさ。だから、来月から教員になるんだ。だけど、できるだろうか?」
和明は勉強したのち、ようやく教員免許を取得した。そして、4月から教員になる事が決まったという。だが、その矢先にがんが再発し、余命宣告もされたそうだ。最後の夢を叶えられるかわからないけど、奇跡を信じたい。
「奇跡を信じようよ」
秀哉は肩を叩いた。和明は少し元気を出した。どれぐらい生きられるかわからないけど、精一杯生きよう。
「そうだね」
「そっか! だから、教員になろうと思ったんだ」
秀哉はその時気づいた。そのために大学に行っていたのか。夢を追いかけるお父さん、かっこいいな。こんなお父さんになりたいな。
「うん! 夢を叶えて、悔いの残さずに最期を迎えたいなって思ってね」
「そんな夢を持っているお父さん、素敵だね」
「ありがとう」
和明は笑みを浮かべた。遠回りした人生だけど、来月から教員だ。悔いのないように頑張ろう。
和明は外を見た。その先には東京がある。明日、秀哉はいよいよ東京に向かうのか。東京でどんな夢を持つんだろう。これからの秀哉の成長に楽しみだな。
「いよいよ明日、東京へ行ってしまうのか」
「うん」
秀哉は父と過ごした18年間を思い浮かべた。いろんな事があったけど、明日までだ。今日という日を大切にして、明日、東京に旅立とう。
「色々あったけど、こうやって東京に送りだせて、本当に嬉しいよ」
「東京でも頑張るからね」
和明は秀哉の肩を叩いた。必ず東京で成長して、頑張ってこいよ。もうすぐ天国に行くけど、天国から見守っているぞ。
「頑張ってこいよ」
もう夜も遅い。明日は出発だ。明日に備えて、ゆっくり寝よう。
「おやすみ」
「おやすみ」
秀哉は部屋に帰っていった。その様子を、和明はじっと見ている。
翌日、秀哉は最寄りの駅にいた。ホームにはあまり人がいない。和明も来ているが、歩き方がぎこちない。死期が迫っているかのようだ。だけど、秀哉の旅立ちを見るためにここに来てくれた。それだけでも嬉しい。
すでに電車は到着している。電車の敷かれているレールは東京につながっている。離れているけれど、2本のレールでつながっている。だから、寂しくない。
「じゃあ、行ってくるからね」
「元気でね」
発車のベルが鳴った。いよいよ出発だ。色々あったけど、もうすぐ故郷を去る。だけど、時々帰って来よう。そして、東京の話をしよう。
「お父さんも、元気でね」
「わかったよ」
扉が閉まり、電車は走り出した。両親はじっとその電車を見つめている。東京は大変だけど、そこで夢を見つけて、また故郷に帰って来てね。
それから1週間後、秀哉はすっかり東京での一人暮らしになれ、東京での日々を楽しんでいた。両親は今頃、何をしているんだろう。毎日電話しているけど、聞きたいな。
朝、電話が鳴った。何があったんだろう。この時間に電話なんて、初めてだ。
「もしもし」
電話の声は、文江だ。何があったんだろう。泣いているようだ。
「お父さんが、亡くなったの」
秀哉は驚いた。まさか、こんなに突然、別れが来るとは。もうすぐ夢だった教員になれるところだったのに。
「そ、そんな・・・」
「あと少しで教員デビューできたのに・・・」
文江も残念そうな表情だ。夢がかなわないまま、死んでしまうとは。どれだけ辛いだろう。
「あとちょっとだったんだね・・・」
と、秀哉は何かを考えた。秀哉はそんな父の背中を見て、自分が教員となって、父の夢の続きを作っていこう。きっと天国の父も喜んでくれるだろう。
「どうしたの?」
「俺、教員目指そうかな?」
文江は驚いた。それまで夢が見つからなかった秀哉がどうして今になって。
「どうして?」
「父さんの夢の続き、僕が引き継ごうかなって思って」
文江は考えた。和明の最後の夢を受け継いでくれるなんて。きっと天国の和明も喜んだだろうな。
「そうなんだ」
「急に決めて、ごめんね」
秀哉は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。こんなにも突然の決断で、どう思っているんだろう。
「いいのよ。きっと父さんも天国で喜んでいるわよ」
「そうだね」
秀哉と文江は天井を見上げた。和明はどんな気持ちで見ているんだろうか? 見る事ができたら、ぜひ見たいな。
秀哉はいつの間にか涙を流していた。こんな事がきっかけで教員になったとは。
「だから私は、父さんの最後の夢を受け継いで、教員になりました。だからこそ、人との出会いを大切に、そして、家族を大切にして生きていきましょう」
スピーチが終わると、割れんばかりの拍手が起こった。みんな、感動しているようだ。中には、涙を流す生徒もいた。
着任式が終わり、秀哉は職員室に向かった。これが和明が見たかった風景なんだ。そして今僕は、和明の歩めなかった夢の続きを歩いている。
と、その途中、誰かに気付き、振り返った。そこには和明がいる。和明は笑みを浮かべている。
「秀哉、おめでとう。お父さんの夢の続き、応援してるからな」
「ありがとう。いつまでも見守っていてね」
そして、和明は消えていった。秀哉は再び前を向き、職員室に向かった。
校庭では、満開の桜が咲いている。その桜は、まるで秀哉を祝福しているようだ。
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