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――サンタが来なくなったんだ。
季節は師走も佳境に入り、街中は浮かれた緑と赤の夢から覚めた忙しない人々で埋め尽くされている。そんな高校からの帰り道、ふかふかのマフラーに埋めていた顔を僅かに覗かせた彼は、唐突にそのことを話し始めた。
「去年までは来てたんだけどねえ」
「まあ、そろそろ卒業ってコトじゃねえの? 俺たちもう高二なんだしさ」
「サンタに卒業なんてあるの?」
「バッカ、俺たちがってコトだよ。サンタが卒業してどうすんだ」
「僕たちが何から卒業するっていうのさ」
「あぁ? なんつーか……コドモってヤツから、だろ」
隣を歩く男は、まだ不思議そうな顔をしていた。いつもハネ散らかしているブラウンのくせっ毛は、今日も調子よく寒風に吹かれ弄ばれている。
「でも、何も言われず突然卒業させられるなんて、ちょっと不義理だとは思わない?」
「サンタに義理も不義理もねえだろ。それくらい親御さんの好きにさせてやれよ」
「……親御さん?」
再び訝しげな声。まさか、と思った。思わず彼の顔に目を向けると、本気で理解していなさそうな表情をしていて、逆に内心少し感動した。まさかこの歳になるまで知らねえやつがいるとは。
「お前ってヤツは、まさかホントに知らねえのか?」
「知らないって、何が?」
「サンタの正体だよ、しょ・う・た・い」
しょうたい。目をパチパチさせながらそう舌足らずに反復した彼は、つくづく不思議なヤツだと思う。
高校で知り合った時から、彼はやけに世間知らずだった。生まれたての小鹿よりもっと酷い。テレビは見ない、スマホも持ってない、ゲームも漫画も存在そのものから危ういときた。小説は小・中の国語の授業で触れたから知っているものの、それが無ければ小説すら知らなかっただろう。どんな家庭環境で育ってきたんだと激しくツッコミたくなるが、彼自身の記憶力や適応力は凄まじい。どんな概念でも一度説明すればスッと吸収し、まるでそれが当たり前だったかのように生活できるのだ。そんな場面を何度も見てきたからこそ、元々の高い能力のおかげで今まで生きていくのにそこまで苦労はしなかったのだろうな、ということが何となく感じ取れるようになった。
俺自身はそんな何も知らない彼に何かを教えるのが楽しくなってきて、こうやっていつも一緒にいる仲になった。が、世間皆がそういう風に考えるワケではない。こんなヤツだから、小学校、中学校で必ず『何か』あっただろうとは思うのだが、今のところ彼の口からそういった事情を聞いたことはない。学校という環境で上手く波風立てず生きてこれただけなのか、それともただ俺にそんなことまで話す必要はないと思っているだけなのか。真実は分からないが、そんなところも含めて彼はとにかく不思議なヤツなのだ。
「サンタの正体って、サンタが人間なワケないでしょ」
「あ~……まあ、お前がそう思うならそうなんじゃねえの?」
いつもは嬉々として教え始めるところだが、今回ばかりはなんとなくその純粋性を守りたくなってしまった。この歳にもなってサンタを親だと知っていないなんて、それはもう天然記念物みたいなものだ。逆に知らないままでいて欲しいと思うのも当然のコトだと思う。
未だよく分かっていない様子の彼がなんだか面白くなってきて、少しからかってやろうと顔を向けた、その時。夕焼けに区切られた彼から伸びる影が、いつもより異様に長く映っているように見えた。周囲に人は溢れかえっているというのに、その影の部分だけは何故か誰もいない。オレンジに染まった彼の身体と、光を塗りつぶしたような漆黒の影が、一瞬を切り取る写真のように目に焼き付いて――瞬きの内に日常へと引き戻された。
「……どうしたの?」
「えッ! あ、ああ……」
まるで時が止まっていたかのような一瞬が幻だったかのように、人々は夕陽を受けてせかせかと足を動かしている。彼の背後に目を遣ると、さっきの不気味な影はどこにもなく、雑踏の中に紛れ込んだいつもの影が貼りついているだけだった。
「なんでも、ない」
見間違いだったのだろうか。少しの間彼の足元をチラチラ確認していたが、やはりいつも通りの影だった。冬の張り詰めるような寒さと、クリスマス明けの浮かれた空気が作り出した、一瞬の幻だったのだろう。そう自分を納得させて、彼との会話に戻った。
次の日、朝学校に来てみると彼の姿が無かった。いつもは俺より先に教室へついているのに、一体何があったのだろうか。こういう時、普通の友人ならスマホですぐに連絡を取れるというのに、彼の場合スマホはおろかガラケーすら持っていないという始末であるので、気軽に状況を知ることができない。
やがて先生が教室に入ってきてホームルームを始めた。どうやら、彼は風邪をひいてしまって今日は休みらしい。帰り道が寂しくなるな、とぼんやり思っていると、後ろからチョンと肩を小突かれた。
「なあ青井、お前知ってるか?」
「知ってるって、何のことだ?」
後ろの席の伊藤がぐいっとこちらに顔を寄せた。
「アイツのことだよ、笠村」
「……アイツがどうしたんだ?」
笠村――彼のことを話題にするヤツは少なくない。度を越えた世間知らずの生きる文化遺産みたいなヤツだから、彼が居ない場所でちょくちょく噂が飛び交っているのを耳にしたことがある。後ろの伊藤は噂好きで有名なので、今回もまたそういう類の話かと不審に思っていると、それが表情に出ていたのか、伊藤はアマいなと言わんばかりのニヤリとした笑みを浮かべた。
「いつもみたいな普通の噂じゃないぜ。信憑性の高いスジからの情報だからな」
「はあ、いいからさっさと話せよ」
「フン……どうやらアイツ、一人暮らししてるんだと」
「ああ。それも、小学生の頃から」
「小学生の頃から!?」
キッ、と先生に睨まれた。それに何となく肩を縮こませながら、コソコソと話を続ける体勢をとる。
「……どういうコトだ?」
「知らねえよ。住所なら教えてやるから、見舞いついでに聞いてこい」
話は終わりだ、とばかりに伊藤が元の姿勢に戻る。小学校からずっと、一人暮らし。そんなことが可能なのか、というかそもそも――。
「あいつ、去年までサンタ来てたって言ってなかったか?」
最後のチャイムが教室に響き渡り、終礼後の生徒たちが思い思いに過ごし始める。クラスメイトの多くが近くの友人と少しばかりの会話を交わす中、俺は伊藤から彼の住所が書かれたメモを貰い受け、足早に教室から抜け出した。
太陽は傾いているが、まだ夕焼けの色に染まってはいない。電車から見る町並みはいつもと変わらない風景だが、高校に入ってからいつも一緒に下校していた彼の姿が隣にないと、なんだか落ち着かない気がした。
彼と俺の最寄り駅は同じだ。先に自分の自転車を取りに行ってから彼の家へと向かった。陽は先程よりも落ち始めている。薄い橙色の光を受けて、自転車の影がクルクルとタイヤを回していた。
彼の家はすぐに見つかった。マンションの二軒隣、ごくごく普通の一軒家の表札には『笠村』と書かれている。窓のカーテンは全て閉められており、外から家の中の雰囲気を伺うことはできなさそうだった。表札の隣にあるカメラ付きのインターホンに手を伸ばす。若干迷ったが、意を決してそのボタンを押した。
ピンポーン、と少し寂し気な音が鳴る。なるべく自分がちゃんとカメラに映るように立ち位置を調整し、そして後ろで何台か車が通り過ぎていき、何分も時間が経ったように思えた頃。ようやくインターホンから人の声がした。
「はい……って青井くん?」
「あ、ああ! ちょっくら見舞いに、な」
「ちょっと待ってて、カギ開けに行くから」
そのまま彼の声は途切れ、やがてドアの方から足音がした。ガチャリと音がして、そのままドアが開かれる。そこには私服姿の笠村がいた。ずっと寝転んでいたのか、髪の毛はいつにも増してバサバサだ。外界の光に目を細めながらこちらを手招きする彼に従って、俺も家の中へと足を踏み入れた。
「わざわざ来てくれてありがとう」
彼の声は少し掠れていて、よく見ると頬も薄っすらと赤い。風邪を引いたのは本当のことなのだろう。そこまで考えて、自分が見舞い用の品をすっかり忘れていたことに気がついた。
「あ! 悪ィ。スポドリとかそういうの、持ってくんの忘れちまった……」
「いいよ。来てくれただけで嬉しいから」
思ったより普通の家だ、というのが第一印象だった。ただ、明らかに物が少ない。チラリと見えたダイニングの棚にある食器の数は一人暮らしのレベルだといっても過言ではなさそうだ。やっぱり、彼は――。
「何も出せなくて、ゴメン」
思考を遮るように、彼が水を持ってきた。透明のコップがテーブルの上にゴトリと置かれ、中の水が横に大きく揺れる。
「いや、病人なんだからお前はジッとしてろよ」
「もう治りかけだし、問題ないよ」
彼に向かい合って座ると、普段とは感触の違うカーペットに居心地の悪さを感じる。今から言おうとすることも相まってか、どうにも落ち着かない心が煩わしい。
「な、なあ」
「……どうしたの?」
「嫌だったら、答えてくれなくてもいいんだけどさ。……お前、親御さんはどうしたんだ?」
彼は視線をその手元に落とした。僅かに伏せられた瞼が、この話題に対する彼の心境を如実に表しているようだった。
「僕の、両親は……もういないんだ」
「……ッ!」
「僕が小さい時に亡くなった、って。だから今は一人で暮らしてる」
「親戚の人たちは?」
「一応引き取ってはくれたんだけど。葬式の後でこの家に僕を置いていったっきり、会ってない」
「じゃあ、今まで、本当に一人で、」
「……いや、一人っきりだったワケじゃないよ。僕にはマリーがいたから」
「マリー?」
聞きなれない名前に首を傾げると、彼は「ちょっと待ってて」と言って部屋を出ていった。数分もしないうちに戻って来た彼の腕の中には、テディベアと思わしきぬいぐるみが抱かれていた。
「この子がマリー。小さい時から、ずっと一緒だった」
「へ、へえ……」
お世辞にも、可愛いと言えるような見た目ではなかった。毛並みはパサパサだし、胸のリボンはかつての赤をほとんど保っていない。経年劣化だけではないボロボロさがどうにも目につくような、ハッキリ言って『捨て時』を優に超えた状態のぬいぐるみだった。
「一人になってしばらくして、近所に捨てられているこの子を見つけたんだ。それからは、この子が家族だった」
「……そうだったのか」
幼い時分にひとりきりにされた彼の気持ちは、きっと自分には想像のつかないほど苦しいものだっただろう。昔も今も、一人で孤独と戦っているのだろうから。だけど――。
「ま、まあ! お前は今、一人じゃないしな!」
「……ひとり、じゃない?」
「ああ。ホラ、いるじゃねえか、トモダチってヤツがさ」
「目の前に、ってヤツ?」
「そうソレ! 目の前に!」
上手く意図を汲んでくれた笠村にニヤッとする。
「こうやって俺もお前の事情を知れたワケだしさ、何かあったら相談してくれよ。助けてやるから」
彼はその言葉に目を見開いた。珍しくポカンと開かれたままの口元が、なんだか面白かった。
「あ、ありがとう……」
「良いってコトよ!」
「……じゃあ遠慮なく。何か晩御飯でも作ってもらおうかな」
「ウッソだろおい!」「冗談だって」
そう言いあって、ワハハと笑いあった。彼と以前よりもっと深い仲になれたような、そんな気がした。
病人の家に長い時間滞在するワケにもいかず、結局滞在した時間は一時間にも満たなかった。外に出ると陽はもう沈みかけていて、赤々とした空が夜の足音を運ぼうとしている。見送りに出てくれた彼に手を振って、自転車に跨った。
――彼の両親はいなかった。伊藤の情報は真実だったらしい。
そのことに、やはり寂しさを感じる。今まで一人で、何も教えてくれる人がいなかったからこその世間知らずだったのだ。あそこにあるテレビが、まさしくテレビであると教えてくれる人がいなかった。そんな人生だったのだ。
そこまで考えて、はたと思う。
――両親がいなかったのなら、一体誰が彼のサンタだったのだろう?
疑問につられるように振り返ると、夕陽で半身が真っ赤に染まった彼が居た。いや、それだけではない。真っ赤な半身の反対側、黒く染め上げられた影の先端に、明らかにヒトとは思えない形の影が張り付いていた。その影は地面から立ち上る陽炎のように揺らめき、まるで彼を背後から包み込んでしまうような、そんな動きを繰り返している。
「なん、だ、アレ」
震える声が零れ落ちた。全てを飲み込むような黒々とした闇に、昨日の一瞬がフラッシュバックする。闇の『中』が、こちらに視線を向けた、気がした。
――次の瞬間。
何もかもが幻だったかのように、その影は消え失せた。振り返った俺を不思議に思ったのか、もう一度大きく手を振っている彼が見える。変わらず赤さを纏ってはいるものの、それはありふれた夕焼けの光景であった。
軽く手を振り返す。そして何も考えずペダルを漕ぎ始めた。冷たい空気を切って、ただ足を回すことだけに必死になっていた。今の光景を忘れようと思って。
だけど……背中に纏わりついた不自然な寒気だけは、家に帰ってからも取れることは無かった。
深夜。
唐突に、息ができなくなった。首元に酷い圧迫感がある。揺蕩う夢から一気に現実へと引き戻されて、思わず目を見開いた。
そこには、『影』があった。
カーテンの隙間から差し込む月光が、夜闇の中で異質さを増す影を浮かび上がらせている。どんな光をも物ともしない、まさしく――闇。
瞬間、昨日と今日のあの光景を思い出した。夕焼けの中に見たあの『闇』たちは、まさに今俺の首を絞めようとしているこの闇と同じものだと、感覚的に理解することができた。
「ぐ、ぅあ、」
抵抗に身を捩っても、その影はビクともしない。手足を動かそうにも、ベッドに縫い付けられたかのように全く動いてくれない。酸素が足りない。視界がぼやける。命令信号だけが神経を焼き切るように走り回り、しかしピクリともしない手足に体全体が悲鳴を上げる。無駄な抵抗を笑うように徐々に迫って来る影が、まるで死の体現であるかのように思えた。
霞む視界の中、せめて死ぬその瞬間までこの影を睨みつけてやろうと目に力を入れた――その時だった。
ガラリ、と。ベッド上の窓が突然に開いた。
「青井くん!」
そういえば今日はカギ掛けるの忘れてたな、とか。逆にそんなことを考えてしまうくらい、その人物がここに居ることが信じられなかった。
「か、かさ、むらッ!?」
『影』は笠村の襲来に驚いたのか、俺から勢いよく離れていった。解放された喉で彼の名を呼んだ瞬間、突然の空気に驚いた喉が咳き込みだす。
「青井くん、大丈夫?」
「ど、どうして、ここに」
「……話は後だよ」
彼は開けた窓から部屋の中に入って来た。俺のベッドに着地して、それから部屋の隅に逃げた『影』の方へと歩いていく。開け放たれた窓からは夜風が侵入してきて、一瞬で部屋の空気を極寒へと変貌させていった。
「君は、君は……」
彼は『影』に向かって何かを話しかけている。その声は優しそうで、苦しそうだった。
「僕のことを今まで守ってくれてたんでしょ。キミが――『マリー』が」
マリー。その名を、俺は今日聞いた。彼の一人の家族、テディベアの名前だった。
「この人は僕の大事な、大切な……トモダチ、なんだ」
彼の紡ぐ声が夜の静けさに響いていく。月光が彼の横顔を優しく照らしている。
「この人を傷つけるのだけは、やめてほしい」
その直後だった。『影』は何かに苦しむように暴れ出した。音は無かったが、音があるかと錯覚するほどの迫力で自らの形を激しく変形させていた。まるで何かを訴え、叫びを上げているかのように。
数秒にも、数分にも感じられたその光景の後。驚いたことに、その『影』はまたもや俺の方へと飛んできた。すっかり油断していた俺は抵抗する間もなくベッドに押し倒され、再び首をギリリと締め上げられた。喉を潰される痛みと苦しみが一瞬にして舞い戻ってくる。だが、最初のような絶望はあまり無かった。
「マリー!」
彼の悲壮な声が聞こえる。次いで目を向けると、『影』を挟んだ先に、彼が何かを決意したような表情をしているのが見えた。
「マリー。これ以上僕の友達を傷つけるのなら……僕は、もう一人でも平気だ。だから、君は、もう。……」
最後の声が聞こえた、瞬間。『影』は再び苦しむようにその闇を蠢かせて――やがて何かが壊れたように硬直し、灰のように崩壊していった。最後まで、声なき叫びが耳にこびり付いたようだった。
「ところで、笠村。どうしてここに来たんだ?」
『影』が消え去った後。自分でも驚くほど、気持ちは落ち着いていた。何かを堪えるように立っていた彼に礼を言い、とにかく気になっていたことが口から飛び出した。
「……お父さんとお母さんに手を合わせてたんだ。君が、ひとりじゃないって励ましてくれたから」
ポツリ、ポツリと彼は話し始めた。今まで、二人の遺影に手を合わせられなかったこと。自分が孤独だということを思い知らされそうで、遺影を遠ざけていたこと。俺が元気づけたおかげで、遺影に向き合えたこと。そしてその時に――。
「手を合わせて、色々話して。最後に君のことを話したとき、なぜか頭の中で声がした気がするんだ」
――彼が危ない。今夜、彼の家まで助けに行きなさい。
「……そんな滅茶苦茶な話を信じたってコトか?」
「うん。君が僕を助けてくれるって聞いて、僕も君のことを助けたいって思ったから。それに……もう失うのは嫌だったから」
両親のことを思い出しているのだろう。ぎゅっと眉根を寄せた彼は、震える息を吐き出した。
「いくら俺の家に来たことがあったとはいえ。とんでもないコトするな、お前」
「まあ……マリーのこともあったしね」
マリー。彼のテディベア。次に気になっていたことだった。
「マリーとはずっと一緒だったから……もしかしたら彼女は、僕を君に取られると思ったのかもしれない」
「……どういうコトだ?」
「今までもね。あったんだよ、こういうこと。僕に嫌がらせをしてきた人たちが、次の日から学校に来なくなったりね」
「めちゃくちゃ怖ェじゃねえか」
「……でも、多分マリーにべったりだった僕も悪いんだと思う。いつもいつも、人との交流を恐れて……君が居なかったら、僕はきっと今も孤独だった」
俯いた彼の顔は、月光の影に隠されてよく見えなかった。だがそれも少しのことで、顔を上げた彼の目には強い光が宿っているようだった。
「多分、マリーとはどのみちこうなる運命だったのかもしれない。今にして思えば、これまでの関係が良いものだったとは決して思えないんだ。マリーは、そんな僕の依存が生み出した『影』だったんだと思う」
そう言い切った彼の顔は、それでも少し寂しそうな表情をしていた。
今度は彼を窓から外に出すとき、最後に気になったことを聞いた。
「お前、サンタが来なかったとか言ってたじゃん」
「うん」
「サンタって、マジで来てたのか?」
「あ~……うん。来てたよ」
「ウソだろ……」
一緒に住んでいる人がいないのに、一体誰が彼にプレゼントをあげてたっていうんだ。そんな風にウンウン悩む俺を前に、彼はカラカラと笑った。
「僕、ちょっと誤魔化してたんだよね」
「あ? 何が?」
「実はサンタの正体を知ってるってコト」
「……ウソだろ!?」
声が大きいよと窘める声をよそに、俺は上機嫌そうに笑みを浮かべる彼へと詰め寄った。
「いったい、ソイツはだれなんだ?」
「それはね――」
世にも奇妙な、決して来るはずのないサンタ。幼い頃から彼女と共にいた、彼の者だけがその正体を知っている。
最後の最後。彼に訪れなかったラスト・サンタは灰へとなって、クリスマスもとうに終わった夜の空に、ただ昇っていった。
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