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ロイドに連れられること数分。
「ここが訓練塔だよ!この学校に在校している生徒だけがここを入れるんだ」
「……で、運動というのは」
「ここで登れる階層まで登ろう!」
「面倒なので今回は遠慮させてもらいま――」
ただでさえ先輩と一緒にいるせいで変に注目されるのだが、とアリエスは思うがそんなアリエスにすっ、と近づいて
「――イクヨネ?」
「ひっ、は……はい」
とてつもない圧力をぶつけられたアリエスは言われるがまま訓練塔と言われる場所へ足を踏み入れることとなった……。
アリエスが訓練塔に入ってから早数分。
現在最下層6階に今二人はいた。
「……そろそろ降りない?」
「どうせなら自分の限界地点まではいきたいじゃん」
「そ、そっか……」
ロイドは少々引き気味。
アリエスはロイドの様子など気にもせず、探索を続けた。
外の景色など自分の屋敷の庭園ばかりしか見たことのないアリエスは心を跳ね上がらせる。
自分にとっては本の中でしか見たことのない岩で囲まれた隔離された一つの世界。
最下層よりも上の下層や、中層等。ここより上になっていけば現在の科学で解明できないまでの不可思議な世界が広がっている。
そう思えば心を静めることはできなくなった。
……ここがれっきとした外の世界か、と言われれば曖昧な解になるが。
「そ、そろそろ待って――」
「先輩のくせに遅くない?」
アリエスが嫌味を混ぜて後ろを振り返ると、
突如赤い何かで目潰しにかけられる。
「ちょ、先輩!?何悪戯してくるんですか!?」
問いかけるも、応答はなし。
聞こえてくるのは空気が抜けるような気味の悪い音と、暑苦しい鼻息の音だった。
――襲撃にあったか?
アリエスはそう考えた。
隠密行動が得意な魔物が居たものだ、と感心しつつ軽く周りの砂埃を薙ぎ払う。すると、そこには、
ロイドの首とその下の胴体すべてを貪る双頭の闘牛が居た。
「ひっ――」
アリエスは一回どころか何回も後ずさりをする。
戦闘態勢を組むが、アリエスは心中で負けを確信していた。
特徴的な双頭を持ち、右側の頭は左側、左側の頭は右側の角が折れている黒色の牛。
【双頭黒丑】。難易度レベルAAの災害級の魔物。
魔之死森の中では一番弱いと言われているが、実状は並みの軍規模の一般兵士では太刀打ちなんてできずに蹂躙されるのがオチだ。
その上、今回は単独で未熟な学生一人。能力があるとはいえそれに抵抗する瘴気の量が多いこの魔物相手では果てしなく不利の戦況。
逃げるにも逃げ口は双頭黒丑が待ち構えているため却下。
戦うにも今のアリエスに勝機は小数第100桁くらいまでいかないとずっと0の確率だ。
魔物に知恵はないから供物なんてもの捧げても意味はなさないし命乞いなんてもってのほか。
魔物は、アリエス含めた人間とは勝手が違う。
情なんてない。本能に突き動かされるまま行動し死ぬときは一瞬。天に回収されてまたダンジョンでリポップする。
だが、そのリポップはしっかりとダンジョンマスターの意向でランダムに振り分けられるわけではなく階層で分けられている。
本来この魔物は上層の中盤で現れるはずの魔物だ。
「……不幸すぎない?」
アリエスは今考えても無駄だと切り捨て、頭を振る。
今はこの絶体絶命の状況をどうにかして切り抜けなければならない。
アリエスは必死に頭を稼働させる。
自分が生きるため。
ダンジョンで犠牲者を出さないため。
何より――
――私の玩具のため。
結局、アリエスは攻撃を避けて出口へ行けそうになったらそこから全力疾走で逃げる。そんな考えに至った。
耳元に冷たい汗が伝わる。
今から無謀な挑戦をする。そんな一瞬にアリエスは身震いをした。
だが、目は据わっていた。
今、自分が死のうと後が残るわけではない。
誰かが見ているわけじゃない。自分のことなど己で見れるわけでもない。
綺麗に死のうと無様に死のうとこの場で笑うものはいないだろう。
だけれども、アリエスは決意をした。
――絶対に生き残る。
もがいて、苦しんで、疲れて。悩んで、倒れそうになって這いつくばった後で。
自分は生き残り、他の者も生き残ることができたなら。
――それは、真の蛮勇だ。
耳元にあった小さな小さな汗は、頬に浮かんだ汗と塔内の湿気で大きく膨れあがり、顎を伝わる。
その一つの水滴はゆっくり進んでいき、最後に生まれた場所から離れて、
ぴちゃっ
音を小さく立てて水滴は弾け飛んだ。
その音が二人の均衡を崩した。
一方は超速で突進をする。
対するもう一方、アリエスは能力を余すことなく使い双頭黒丑の背後に回る。
一瞬アリエスを見失ったその隙を好機とし、来た道をそのまま戻る。
双頭黒丑が見えなくなり嗅覚が強く反応するような距離よりも遠く移動した後、
後ろを振り返り追いかけられていないことを確認し、
進むスピードを体力温存のために遅くした。
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