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はじめてのさようならで
桜子は14歳の今日、人生で初めての悲しいさようならをした。
大好きな祖母が亡くなってしまったのだ。
祖母はまだ70歳。今の世の中ではまだまだ亡くなるのには若い。
毎年、きちんと市の健康診断は受けていたのに、この年の健康診断で見つかった癌は、詳しい検査の結果、既に手遅れとの診断が下された。
癌のできた場所が悪かったのだそうだ。膵臓の後ろの血管を巻き込んで既に全身に転移していた。健康診断で見つかった後も祖母はしばらく元気でいた。
祖母の希望で手術も放射線治療もしたくないと言ってしばらくは普段通り家で過ごしていた。
自分の周囲でそういった治療をした人は、間違いなく苦しんでガリガリになって亡くなったからというのがその理由だった。
たしかに70歳にもなって放射線治療はきついだろう。だるくなると聞くし。外的手術はもう、医師の方からも無駄でしょうと言われたのだし、亡くなることは決まっているのだから、祖母の命は祖母の思うようにしてあげようと言うのが家族の総意だった。
祖母は痛いのは嫌だからと緩和ケアのある病院を家の近くで自分で探し、家で過ごせるぎりぎりまで家にいて、自分で決めた時期に緩和ケア病棟に移って行った。
それからは早かった。もう痛みも我慢したくないとの希望でぎりぎり意識の残る程度にモルヒネを使い、それすらも我慢できなくなると自分の意志で、
「もう、これ以上痛いのは嫌だから、モルヒネを強くしてもらうよ。」
「みんなとお話しできるのもこれで最後だから集まってもらったよ。」
「みんな、家族は仲良くね。桜子はお友達をたくさん作って学生生活を楽しくね。私は好きなように命を終わらせてもらえて幸せだったよ。だから私がいなくなってもどうか悲しまないで。」
「3年くらいは思い出してほしいかな。でも、悲しまないで笑って思い出して。その後は忘れて頂戴。みんな自分の人生を生きて。」
そうして、
「もう・・・後はモルヒネを強くしてもらうわね。」
そう言い残して、看護師さんに合図をすると看護師さんはあらかじめ医師に指示をされた量のモルヒネを祖母の身体に点滴で落とし始めた。
まもなく祖母は微笑みを浮かべたまま眠るように意識を失った。
家族は、みんな祖母が話さなくなるのを見るとそっと顔を見合わせて、皆一様に涙を流しながら静かに病室を出た。
その日からも毎日お見舞いには家族の誰かが行ってはいたが、祖母が目を開くことは二度となかった。そして森捻を強くしてから一週間後に祖母は星になった。
祖母の葬儀が行われたのは桜子がもうじき15歳の誕生日を迎える頃だった。名前の通り桜が満開の中で生れた桜子。
お墓の前でお経を唱えてもらっている時、お墓の上にかぶさるように咲いていた桜の花が春の強い風に吹かれて、一斉に花びらを散らした。
まるで、祖母が天に旅立つための絨毯のように見えた。
あまりに美しい光景にお経をあげていた和尚様以外は全員が上を向いて桜吹雪を見つめた。
祖母を連れて行ってしまったような桜を自分の名前と同じ桜なのに、桜子はそれから少し嫌いになった。
でも、この後の年月、幾度も見る桜の花吹雪の中で、祖母と桜子の命は確かにつながっていて、その度にこの後の人生を祖母の命と一緒に楽しく生きて行こうと思い返す事になることをまだ桜子は知らない。
【了】
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