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金原が去った後、当然、教室は騒然としていた。
騒ぎが、頭に来ているのか、先程より山谷は、叫んでばかりいる。
そんな喧騒を取りまとめるかのように、窓際の最後部に座る女学生が起立した。
「私どもは、新しいお仲間を歓迎いたします。級長として、皆を代表し、ご挨拶いたします。どうぞ、宜しく」
凛とした気品漂う姿は、級長、即ち、生徒の代表であるというだけあって、山谷とも、どこか対等に接しているかのような気配がある。
そして、級長と名乗った学生は、周りの女学生達をちらりと見回した。
皆、はっとした面持ちになり、瞬間、騒ぎは収まった。
「さあ、皆様、歓迎いたしましょう?」
その誘導によって、櫻子へ、パチパチと拍手が沸き起こる。
級長の女学生が、櫻子に、パチリと目配せした。
櫻子も、慌てて、ペコリと頭を下げ、
「皆様、宜しくお願いいたします。柳原……」
そこまで言って、櫻子は、もう、自分は金原の家の者だと、思い出した。
入籍をし、苗字は、柳原から、金原へ変わっている。つい、柳原と言ってしまった事に焦りながら、櫻子は、小さく息を吸い、
「編入生の、金原櫻子でございます。不馴れな事から、皆様には、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ、宜しくお願いいたします」
と、しっかりとした口調で挨拶した。
櫻子は、正直驚いた。何故、自分は臆することなく、挨拶ができたのかと。
きっと、級長の後押しがあったからだろうと、思いつつも、つと、胸元に暖かみを感じ取る。
教本を包んでいる風呂敷の上に、小さな包みが、ちょこんと乗っていた。
ああ、と、櫻子は思う。
金原が届けてくれた弁当だ。
熱を冷ましているはずの弁当なのに、それは、どこか、ほんのり暖かさを発していた。
そうだ、金原がいる。そして、自分は、金原商店の皆にも支えられている……。
さんざん虐げられて来た同じ屋敷で、今は、金原に守られているのだ。
とても、滑稽な話ではあるが、櫻子にとっては、気にかけてもらえているという、初めての経験だった。
(きっと、私は……旦那様のことを、とても……)
金原への想いを悟り、櫻子は、はにかんだ。
もちろん、周囲は、編入初日の緊張としか受け止めてないようで、
「ごきげんよう。金原様」
などと、お決まりの歓迎の言葉をかけてくれる。
「山谷先生。私のお隣の席が、空いておりますわ。級長として、金原さんへ、色々お教えしたいと思っております。ですから、私のお隣を、金原さんのお席にするのはいかがでしょう?」
皆をまとめあげた級長が、山谷へ堂々と意見した。
山谷も、ぐうの音もでないのか、渋い顔をして、提案を了解する。
「では、そうゆうことで。金原さん、早く着席してください。授業に移ります」
山谷は、不機嫌そうに櫻子へ言った。
自分の席へ移動した櫻子は、隣に座る級長へ、改めて挨拶をした。
先程から、しっかりしているを通り越した、他の生徒とは異なる雰囲気に押されたからだ。
「ふふ、そんなに警戒なさらなくてもよろしくてよ。私は、有馬雅子。よろしくね。父は、男爵なんて肩書きをもっている。そして、娘の私でもうんざりするほど、汚い手を使って、社交界でのさばっているわ」
「男爵家の!」
驚く櫻子へ、雅子と名乗った級長は、授業を始めている山谷に見つからない様、こっそり話を続けた。
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