ラストレター

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「あれ、高地さんいらっしゃらないんですか?」  ハンカチを拾ったその足で、用務室へ直接届けに行くが、そこに高地さんの姿はなかった。彼と同じく用務員である古屋(ふるや)さんが、受話器片手にわたしを見る。 「高地なら今、トイレに行ってるよ」 「そうなんですね。高地さんの落とし物、届けに来たんですけど」 「それならそこのデスクに置いといてもらってもいいかい?悪いけどそろそろ、相手先が戻っ──あ、もしもし」  そう言って、受話器越しに会話を始める古屋さん。彼が指先で示した机に、わたしは歩を進めた。 「失礼しまーす」  小声で挨拶だけはして、初めて用務室に足を踏み入れる。整理整頓が行き届いたその机は、高地さんがよく座っている場所だ。  字も綺麗ならデスクも綺麗。ほんと、高地さんの性格が出てるなあ。  そんなことを思いながらハンカチを机の中央に置いた、その時だった。 「あれ?」  椅子の傍に転がり落ちていた小さなゴミを発見し、思わず手を伸ばす。それはくしゃくしゃに丸められた、メモ用紙のようなもの。その隙間からちらりと見えた『上村』の文字が、わたしにそれを(ひら)かせた。 『1年間ずっと下駄箱に手紙を入れていたのは、上村でしたー』  この筆跡は、5年4組の上村くんのもので間違いなし。何故なら彼のノートに書かれている文字の特徴そのままだから。驚きのあまり、わたしは口元に手をあてがう。  毎朝校庭の方からこっそり校舎入って、先生の下駄箱に嫌がらせの手紙入れてたんだよ。4月からずーっと。  上村くんが言っていたことは、本当だった。だからわたしが昨日、下駄箱に残して帰った手紙への返事を、こうして書くことができる。 「でもなんで、なんでそれがここにっ……」  サッサッサッ  その時幻聴のように聞こえてきたのは、高地さんのホウキの音。わたしが下駄箱を開けるタイミングで必ず耳にするこのリズムは、決まって背後から聞こえてくる。  もしかして、わたしの反応をうかがっていた……?  いつもわたしよりも早くに学校へ来ている高地さん。嫌がらせの手紙と引き換えに優しい手紙をくれていたのは、まさか──  高地さんがわたしの下駄箱に手紙を入れる姿。それを思い描いてしまえば、わたしはトイレへと駆け出していた。
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