ラストレター

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「おはようございます、近藤(こんどう)先生」  昇降口から校舎へ進むと、まず初めに顔を合わせる人がいる。 「おはようございます、高地(たかち)さん。今日はすごく暑いですね、なんだか蒸し蒸しするし」 「天気予報では、午後から雨だと言っていましたよ」 「え、そうなんですか。嫌だなあ、雨」 「傘はお持ちですか?」 「はい、置き傘があるので」 「それはよかった」  彼は、用務員の高地さんという(かた)。お爺さんと言うにはまだ早い、推定65歳前後。いつも目尻に皺を作って笑顔を振りまいてくれる彼は、校舎に入ってすぐの用務室から顔を出し、目の前を行き交う職員、児童たちと挨拶を交わす。 「それでは、また」 「はい。今日も1日頑張りましょう」  高地さんとの軽い雑談を終えたわたしは、用務室から真っ直ぐ進んだ壁沿いにある、職員専用の下駄箱へと向かった。  サッサッサッ  そのタイミングで聞こえるのはこんな音。それは用務室から出てきた高地さんが、竹ボウキで玄関タイルを履く音だ。  サッサッサッ  聞き慣れた背後のリズムを耳に、今日も下駄箱を開けると── 「あ」  まただ。また手紙が入っている。  きちっと端の揃えられた四つ折りのそれをそっと(ひら)くと、今回はこんな文章が書かれていた。 『先生のおかげで、勉強が好きになりました』  読み終われば、自然と(ゆる)んでいくわたしの口元。勉強を好きになってもらえてよかった、先生になってよかったとしみじみ思い、鞄の内ポケットへ大事にしまう。  これが、毎朝のわたしのルーティン。
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