47話 偽装不倫の行方(6)

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47話 偽装不倫の行方(6)

その後、圭介はこれから佐和子と仲良く暮らしていく為にカウンセリングに通うと決めた。虐待の過去に、仕事場でのモラハラ、また苦しくなって塞ぎ込んではいけないと思ったのだ。佐和子は話を聞くと言ってくれたが、佐和子に全てをぶつけてはいけないと思っていた。 優しく共感性が強い佐和子は、圭介の話を聞いたら泣いて苦しむだろう。だから、第三者に話を聞いてもらい自身で乗り越えると決めたのだ。それに圭介にはどうしても話を聞いてもらいたい人が居た。 「……君は暴力で支配していたお母さんと、見て見ぬふりをしていたお父さん、どっちがより許せない?」 年配の医師は圭介に問う。 圭介は考える。子供の時は断然、理不尽な扱いをしてきて暴力を振るう母親だった。しかし今は……。 「……あの男……。いや、父さ……。」 「無理に『父さん』なんて呼ばなくて良いよ。……それはどうして?」 「……母さんは弱い人だったから……。今なら分かります。自分一人で生きられない人だったと……。あの男が複数の女性と遊んでいた事分かっていたと思います。だから子供……、俺を身籠る事であの男を繋ぎ止めようとしていたのだと……。現に俺が出来たら一緒に暮らしたらしいし、あの男も子供が欲しかったみたいだから上手くいったのだと思います。……でも俺は、あの男が望む優秀な子供じゃなかった……。俺の発達が遅いと分かると、あの男は母さんから離れていきました。だから母さんが……、ああなったのは俺の出来が悪かったから、俺のせいです……。」 「だからずっと言いなりになっていたの?無理な生活してお金を送っていたの?……暴力の支配だけではなかったんだね……。」 「でも最近あの男の気持ちも分かってしまいました。傍観する気持ちも……。豹変した母が怖かったのではないかと考えてしまう事もあります。だから別の女性の元に行ってしまったのではないかと……。」 圭介は今回の職場で、嫌がらせを受けていた新人を助けずに傍観してしまった。だからこそ、自分を助けなかった父親の気持ちも分かってしまった。 その後も職場での上司についての相談をして、あの叱責から過去の事を思い出し苦しかったと話した。 そして、圭介が一番相談したかった事を話し始める。 「……俺のような人間が親になるのは無理ですよね……。」 圭介は悲壮に満ちた表情をする。 「……それは夫婦の願望?それとも奥さんの願望?夫婦の願望なら応援するよ。でもね奥さんの願望をただ聞こうとしているなら止めておいた方がいい。それは誰も幸せにならないからね……。」 「俺は……、欲しいです。会ってみたいです。……妻に似た子供を見てみたいです。俺は結婚の道具として生まれてきただけで愛されませんでした……。だから、愛されなかった自分の分も我が子を愛したいです……。」 「そう、良かった。それなら親になれるよ。経済面も勿論大事だけど、一番は子供を持つ責任感と愛情だから。それらを持ち合わせていたら親になれるよ。」 「……ありがとうございます……。でも最近は子供を愛せるか心配になってきて……。以前は漠然と大丈夫だと思っていましたが、もしかしたら自分も……母さんと同じ事をしてしまうのではないかと不安で……。『連鎖』させてしまいそうで俺……。」 カウンセリングを受けるということは、自分を守る為に蓋をしていた記憶を呼び起こす事。生きる為に忘れていたことを無理に思い出して話すのは、誰でも苦しく心を抉られ事。 しかし圭介は吐き出すと決めた。これからの自分の人生を生きていく為に……。 「確かに連鎖はあると言うね、それは否定しない。でも克服した人も、反面教師にしている人もいる。それも事実だよ。奥さんは何て言っているの?」 「……妻は子供はもういいと言っています。……しかし、子供から目を逸らしていると最近気付きました。子供好きだったのに、俺のせいで……。」 「その事を奥さんに話した方がいいよ。二人で話し合っていかないとね。……あと、そうゆう人達の集まりがあるし今はネットで匿名でも相談出来る。君だけじゃないからね。君の身近な人で理解してくれる人は居なかったかな?」 「……高校の友人が気付かなくて悪かったと言ってくれました。大学の友人は親から逃げた方が良いと言ってくれた。妻は、俺が受けた虐待に心を痛め、泣いてくれました。だから一人じゃない……、先生の言葉もあった……、俺は先生のおかげで生きてこれました……。」 その言葉に医師は圭介を見る。……あの時泣いていた小さな子供が大人に成長していた。 しかし、体は男性にしては小柄で痩せ細っている。あれからも母親からの虐待により苦しんで来たのは明らかだった。 「……いや、もっと対応が取れたら……。」 医師は圭介が母親から虐待を受けていると気付いた時、児童相談所に通報しており、母親に虐待をしないように話していた。 しかし医師が出来るのはそこまで。あとは児童相談所の対応となり口出しする事は出来ない。 その後も圭介が虐待を受けていた現状を知り、胸を痛めていた。 当時は今ほど虐待に関する規制が厳重でなく、分かっていても関与が出来ない現状もあった。医師や児童相談所が悪かったのではなく、仕方がなかった。 そしてもう一つ後悔しているのは、圭介の母親に対する態度だった。圭介が言った通り、圭介の母は弱い人だった……。もっと話を聞いていれば虐待を止めるキッカケになったかもしれない……。自身の若さ故に、我が子への虐待に走る母親の気持ちを汲めなかったと後悔していた……。 圭介はカウンセリングを受け、公民館から出てくる。 小学生の時に世話になり、医師という仕事に憧れるキッカケとなった医師にどうしても話を聞いて欲しかった圭介はネット検索により探した。すると、東京で開業をしており、また週一で公民館でボランティアで話しも聞いていると分かった。 いきなり病院にカウンセリングに行くのに抵抗があったからこそありがたかった。 「あ、おかえり。」 圭介はアパートに帰って来る。 「ご飯出来てるけど食べられる?」 「勿論だよ!……ありがとう。」 佐和子は圭介がカウンセリングに行っている事は知っているが何も聞かない。本人が言いたくない事は聞かないと決めているからだ。 圭介は佐和子に話したい事があった。しかし、自分の意見を言えない性格はすぐには変わらず時間だけが過ぎていった。 偽装不倫から半年後、あの医師の後押しもあり、圭介はやっと佐和子に話すと決めた。 圭介は佐和子に話す。「子供が欲しい」と……。 佐和子は驚く。圭介は子供を望んでいないと思っていたからだ。 ここでやっと話し合い、結婚前の勘違いやすれ違いが起きていた事、初めの時の失敗から圭介は避妊をする癖が直らなかっただけで本心では子供は欲しかった事を話す。 結婚して七年、佐和子はやっと「世間体の為の結婚」ではないと知った。 しかし子供は望めば勝手に生まれて来てくれるものではない。圭介は問題を抱えているかもしれなかった。 「……子供が出来ないのは俺のせいかもしれない……。俺、幼少期に熱よく出していたし、大人になってからも……。」 佐和子は圭介を見る。高熱が男性不妊の原因になる事を知っていた佐和子は圭介の言いたい事が分かる。 心の奥ではまだ子供を諦められなかった佐和子は思わず目を逸らす。 「……ごめん、離れられるのが怖くて言えなかった……。それが離婚理由になるの知ってたくせに!本当にごめん!……それに実は最近は……で、出来なくなっていた……。そんな気分になれなくて……、体が思う通りにならなくて……。ごめん、こんな大事なこと黙っていて!……最低だよな……、離婚を告げられても仕方がないと分かっているから……。」 圭介は俯き黙り込む。不妊が離婚理由になる事を知っており、別れを覚悟で話したのだ。 佐和子は圭介を見て話す。 「もし、そうでも私は側に居るよ。確かに子供は欲しい……、その為に離婚する人の気持ちも分かる。……でも私は単に子供が欲しい訳じゃない、圭介との子供が欲しかった。だから離婚する理由なんてないよ。」 「……佐和子……。」 「でも最後に足掻いて良い?お互い検査受けない?それで望みないと分かった方が諦めもつくから。それに案外私のせいかも。お菓子ばっか食べてるし、体重オーバーだし、だから圭介のせいじゃないと思ってるの。」 「いや、佐和子じゃないよ!」 「分からないよ、だから検査受けたいの。……圭介のせいにしたくないから。」 「……うん。」 その後、二人は不妊治療で有名な病院に行った。そこの先生は優しく、しっかり話を聞いて検査してくれた。 ……検査結果、二人に大きな問題は見つからなかった。 圭介は体の力が抜ける。ずっと気負ってきた事から解放された瞬間だった。 しかし、互いに34歳になっており子供を望むなら今すぐ治療を始めた方が良いとの事だった。 圭介は治療を頼もうとするが、佐和子が一旦持ち帰りますと言い帰る。 「佐和子?頼まなくて良いのか?」 「……圭介、少し戸惑っていたから……。」 「……エスパーかな?」 「圭介は分かりやすいから」 佐和子は笑う。 「本当に子供望んでる?」 「勿論!」 「じゃあどうしてこんなに強張った顔しているの?」 圭介は黙り込む。図星だった。 圭介は話す、自身が我が子に虐待してしまうかもしれないと……。「虐待の連鎖」を。 次は佐和子が黙り込む。……聞いた事があった……。 そうしている間に電車が来て二人は乗り込む。あの不妊治療クリニックに行く為には電車を乗り換えないといけない。 佐和子は震える。まだ20歳の時のトラウマは乗り越えられていない。そんな佐和子に圭介は手を差し出す。人前では絶対有り得ない事だが、行きも帰りも優しく手を伸ばしてくれた。 佐和子は圭介の手を握る。その手は温かく優しかった。 乗り換えが終わっても、電車から降りても二人は手を繋いで歩く。 時刻は夕方、日が短くなり寒い冬に向かっている季節、二人は夕日を見ながらアパートに向かう。 「……ねえ、圭介。」 「……何?」 「子供作ろうよ。」 「でも……。」 「私は圭介の苦しみは分からない。だから心配している事も分からないと思う。……だけどね、私は圭介が自分の子供に酷い事はしないと思うの。」 「どうして?」 「……こんなに優しい手の人が酷い事なんてしないと思う。……って根拠ないよね!でもね……、私は優しい圭介を好きになったからそこら辺は見誤っていないと思うの。圭介の優しい笑顔が大好きだったから……。」 佐和子は鞄に付けてあるストラップを見せる。二人の思い出のストラップだ。 「……佐和子……。」 「……もし圭介がそうなりそうなら、私が全力で止めるし、理解だってしたいの。だから……。」 「……ありがとう……。」 二人は手を繋いで帰って行く。その日見た夕日は、地元で見たあの日の美しい夕日に似ていた……。 その後も圭介は信頼出来る医師の元にカウンセリングを受けにいく。月一回、ボランティアで聞くから軽い気持ちで来たら良いと言われていた。 傷付いていた時間以上の期間をかけて傷を癒していかないといけない。圭介は全てを否定される環境下で18歳まで育ち、縁を切る27歳までお金を送り続け、産まなければ良かったとまで言われている。 当時の母親の心情を最近は考えられるようになったが、心の傷は深く、回復には時間がかかった。 二人はあれから話し合い、不妊治療を始める事にした。しかし、30歳の時に一年頑張っても懐妊に至らなかった現状。現在、34歳の二人にはより条件が厳しくなっていた。 よって人工授精を勧められたが、圭介は繊細な性格。意識すればするほど採精が上手くいかなかった。だから、佐和子はタイミング法にしたいと頼んだ。しかし……。 「……ごめん……。」 今日は指定された日だったが、タイミングが取れなかった。 「ううん、寝よっか。」 佐和子は動じない。以前は「愛されていない」と泣いてしまったが、今は愛情だけの問題じゃないと分かっている。 ……大輔がそう教えてくれたから……。 「……佐和子……、あのさ。」 「何?」 「もしかしてなんだけどさ、俺上手く出来るかもしれない事があって……、だから佐和子に頼みたい事が……。」 「……え!あ、いいけど、私そんな知らないし上手く出来ないけど圭介が言うなら……。」 佐和子は顔を赤らめ、もじもじしながら何をして欲しいのか聞く。 「……結婚式を挙げたい……。」 「……は?」 佐和子は素の反応を出す。どんな要求をされるのだろうとドキドキしていたら、まさかの結婚式?意味が分からなかった。 「今更?」 「……今更だよね……、でも本当は結婚式を挙げたかった!佐和子にドレス着て欲しかった!……あの時、お金なくて言えなかったから……。」 「そうゆうの興味ないと思ってた。指輪してないし。」 「あ、あれは……恥ずかしくて……。」 「恥ずかしい?別に結婚指輪ぐらい……。」 佐和子は思い出す。確かに、自身の父親も指輪していないし、母親に愛を語る人じゃない。でも父親が母親が好きなのは子供心に見ていて分かっている。 そうゆう男性は一定数いる。佐和子は理解した。 「ほ、ほら二人だけの結婚式って流行ってるらしいよ!だから今更とかないし!」 「……でも高いし……。不妊治療でお金も……。」 「いや、それがドレスレンタル写真付きでこの金額なんだよ!」 圭介はスマホで、ある結婚式場のプラン内容を見せる。 「嘘!安い!……でもドレスか……。」 「いやいやいや!ほら綾乃さんが着たマーメイドドレスだけじゃなくて、こうゆうふんわりとしたドレスもあるんだよ!佐和子絶対似合うから!頭とかにはこうゆう花の冠もあるんだよ!可愛いだろう?」 スマホの光で圭介の真剣な顔が見える。だから佐和子は……。 「……うん、結婚式しよっか?」 思わず笑って応える。ここまで調べて説得してきた。思いつきではなく、前から考えていてくれたのだと分かり応じてしまった。 こうして「二人だけの結婚式」を挙げると決める。 そんな時に佐和子の父親から連絡が来る。佐和子ではなく圭介に。 「圭介の祖母」と名乗る人からの手紙を預かったとの事だった……。 圭介は悩む。 佐和子の父からのメッセージには「仕送りを止めた事に対する中傷」、「新たな金の要求」、「居場所を聞き出そうとしている」など、圭介をまた傷付けようとしている可能性がある為、無理をしなくていいとの事だった。 最後に別れを告げた時、結婚したい女性がいるとは言ったがその相手が「渡辺佐和子」という高校の同級生だとは話さなかったはず。 なのにどうして……?自分は母親の呪縛から逃れられないのか? 圭介はこの現実にただ震えるしかなかった。 佐和子の父曰く、小さな田舎町は噂話が飛び交っている。その気になって近所を聞き回れば、酒屋の娘と結婚したとすぐ分かる話との事だった。 戸籍の閲覧制限をかけても、噂話の前ではどうしようもなかった……。 そこまでの手間をかけて結婚相手を特定し、自分の祖母だと名乗ってくる人物は何故今更手紙をよこしてきたのか?皆目検討もつかなかった。 手紙は預かるから、どうするか決めるように佐和子の父親は言った。 圭介は一人考えた。これ以上、自分が愛されなかった子供だったと知りたくない。祖母までに突き放されたくない。……しかし、もし母親が危篤などの知らせだったら?手紙を読まなかった事を一生後悔するかもしれない。 でも圭介にはまだ母親を許せない感情がある。どうして良いのか分からなかった。……だから佐和子に相談した。今まで話せなかった母親を憎んでいる感情を全て話した。 「……ごめん……、軽蔑するよね……。」 「ううん、私が圭介の立場ならそれ以上かな。ねえ、その手紙私が読んだらだめかな?」 「え!」 「内容によっては私が破り捨てる!どう?」 「……多分、目を背けたくなるような内容だよ。」 「その時はすぐ火を付けるから大丈夫!」 「いやいや!火事になるから!全然大丈夫じゃないから!」 二人は顔を見合わせ、思わず笑う。 圭介は佐和子の父親に手紙を送ってもらう事にした。 佐和子は恐る恐る手紙を開け、読み始める。 読み終わった佐和子は泣き出し圭介に渡す。 圭介の祖母と名乗る人物の手紙には、圭介のお母さんの事が書いてあった……。お母さんは勉強が出来ない子供で、それを受け入れられなかった祖父から虐待を受けていた。18歳で逃げるように家を出て行き、それから音信不通だった。だから未婚の母になった事を知らなかった。お母さんがああなったのは虐待を止めれなかった自分のせい。圭介を苦しめた事を心より謝りたい……。お母さんも圭介に謝りたいと言っている。 その旨が手紙には書かれており、もし謝る機会を作ってくれるなら、連絡して欲しいと住所と電話番号が書かれていた。 圭介は泣きながら手紙を何度も読み直していた。 祖母は自分の存在を知らなかった、母親は謝りたいと言ってくれている。全ての人に放っておかれていたと思っていたけどそれは違った。祖母は自分を気にかけてくれる存在だった、母親は過去の過ちを後悔してくれている。 それだけで圭介は救われる思いだった。 しかし……。 圭介の中にまだ許せない自分がいた。それほどの事を、実の母にされてきたのだから……。 「未婚?」 佐和子が聞いてくる。 「……あ、うん……。どうやら、父さんとは籍作っていなかったみたい。婚姻届を出す時に取り寄せて初めて知ったよ。……結婚、してもらえなかったんだろうな……。遺産じゃなくて手切れ金だったんだろうな……。未婚の母が一人で子供を育てる……。大変な事だろう……。」 圭介は手紙を書いた。少し考える時間が欲しい。だから、結婚相手の実家には手紙は送らないで欲しい。代わりに、母親と縁を切った時に変えた携帯の番号を書いた。 電話番号を教えるのは怖かったが、佐和子の実家に迷惑をかける訳にはいかなかった。 しかし恐れていた電話は一度もかかってこなかった。向こうも、弁えているようだった。 偽装不倫が終わり一年が過ぎた。二人はより信頼関係を築いていた。 ガタンゴトン。 二人は電車に揺られる。約束の場所に向かっていた。 「……佐和子、神様に誓う前に一つ懺悔して良い?」 「……何?」 懺悔と言われ、思わず身構える。 「……俺、佐和子のスマホ見ようとした……。」 「え?いつ?」 「佐和子が具合悪くなった時、……あの人からメッセージきてて気になって、ほらスマホが開かないって騒いでた時だよ。」 「でもあれってスマホ落としたからだって言ってたよね?」 「……それが嘘だった……。ごめん、パスコードをしらみ潰しに打ってたら回数制限に引っかかったんだ。一定期間はパスコードを打てなくなる……、その時に佐和子が目覚めたからつい嘘を……!」 圭介の謝罪に佐和子は黙り込む。 「え!じゃあ、落としたせいじゃなくて圭介が……!」 しばらくし、やっと状況を理解する。やはり佐和子は人を疑う事をしない、出来ない性格のようだ。 「……本当にごめん……。」 圭介は実際に読んだ訳でもないのに申し訳そうにする。 その姿に佐和子も白状すると決める。 「……実は……、私も見た事あるの……。」 「え?そうなの?あれ、パスコード知ってた?」 圭介は冷静だった。やましい事が一切ないからだ。 「いや、20歳の時……。」 「20歳?……付き合っていた時……かな?」 圭介はとっくに忘れている。……いや、疑ってもいなかった。 「……清水渚さん……。あの人を部屋に入れたの?……今更怒る気ないから……。」 佐和子は窓から流れる景色を見る。嫉妬する顔など見られたくなった。 圭介は黙っている。 「……何か言ってよ……。」 「清水さん……、ごめん、どんな人だっけ?ちょっと待って……。」 圭介は混濁の表情を浮かべる。卒業して10年以上関わりのない人。そして女性に無頓着な圭介は、女性の顔を覚えていなかった。 「……細くて美人な人……。イルミネーション一緒に見てた時に声かけて来た……。」 「あ!清水さんか!確か大学のゼミが一緒だった!……あれは確か相談したい事があるって言われて……!」 圭介はようやく思い出す。頻回に家に行きたいと言われた事も。……傷付けてしまった事も……。 「話なら、大学にして欲しいと言ったよ。」 「どうして?」 「嫌だった、あそこは俺の居場所。佐和子以外入れたくなかった……。」 佐和子は圭介の言葉に頬を赤らめる。圭介は女性を口説くのは下手だが、言動は真っ直ぐで、その言葉に嘘偽りないと分かる。 「……あ、じゃあ伊藤さんは?同窓会で話していたよね?」 「……伊藤さん……、五組のクラス委員だったね。結婚生活はどうか聞かれただけだよ。」 「それだけ?」 「あ……、実は家庭の事話したら怒られたよ……。同窓会で家庭の話は禁句なんだね。」 「……三年の時呼び出されていたよね?」 「そうらしいけど俺本当に覚えていなくて……。失礼な話だよね……。」 佐和子は圭介の表情に本当に思い出せず、好意にも気付いていなかったのだと分かる。 ……だから佐和子は笑ってしまった。 「本当に鈍感ね……。」 「それだ!『愚鈍』だ、『愚鈍』!『この愚鈍!』と怒らせたんだ!……何で怒らせたか分からなくて悩んだな……。」 「……圭介……、本当に分からないの?」 「佐和子分かるの!教えてよ!裕太に聞いても教えてくれなくて!」 「やーだ。」 佐和子は笑って外の景色を見る。 もし圭介が彼女の好意に気付いていたら二人は付き合っていたのかもしれない。逆に、圭介が自分の好意に気付いていたら、付き合ってくれなかったかもしれない。 考え出すと正直、嫉妬が付きまとう。 だから佐和子は考えるのを止めた。……今側にいるのは自分なのだから……。 「佐和子、乗り換え。」 「……うん。」 二人は今日も自然と手を繋いでいた。 こうして乗り継いだ先は一つの結婚式場だった。
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