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河童の恋
三人並んで経を唱えたあの日以来、和尚は寺の説法でも滝壺の河童大明神の話をするようになりました。子どもを守り水難に遭った人々を蓮華の眠りへ導く河童大明神に姿を変えた河童の話を。一人の娘の身を案じて経を上げ続けた僧侶の話を村の人々にしていました。
占太も友だちに、あの河童が河童大明神になって滝壺を守っていると話しました。すると噂は、あっという間に村じゅうに広まり、河童は怖いものではなくなっていきました。そして滝壺も怖い所ではなく、村にとっての神聖な祈りの場所に戻り、人々が訪れるようになりました。村の人々は、祠へのお供えに野菜や果物、饅頭を持って来ては滝壺で祈るようになりました。
そうしたある日、若い娘が野菜を持って滝壺にお参りにやって来ました。その娘に気付いた河童は、かつての村娘のことを思い出し心配になってそっと陰から見ていました。若い娘は、野菜を滝壺の水に浸し両手を合わせて滝裏の水神様に向かって祈っています。
そして祈りの手を解き野菜かごを滝壺から拾い上げると、中からきゅうりが一本落ちてしまいました。慌てた娘は手を伸ばして滝壺へと身を乗り出しています。娘を案じた河童大明神は、瞬時にきゅうりを掴み娘のかごに戻してやりました。
「はっ。河童大明神様。ありがとうございます。この野菜は、水神様と河童大明神様へのお供えでございます。姿を現してくださったのなら、どうかこのまま受け取ってください。」
娘は、河童大明神に野菜のかごを差し出しました。
娘に話かけられるとは思ってもみなかった河童大明神は驚き、再び水の中に潜ってしまいました。
しばらくして、河童大明神がそっーと水の中から顔を出すと、若い娘はまだ滝壺のふちに立っていました。そして河童大明神の姿を見つけると、声をかけました。
「河童大明神様。長慶寺の慈聡様―。お待ちください。」
娘はそう言いながら、滝壺の中へ足を入れ奥へと進み始めたのです。娘の行動にさらに驚き慌てた河童大明神は、娘を助けようと近づきます。そして、娘に手が届く所まで来ると、娘の足はみるみるうちに色も形も変わり青緑色の河童の足になりました。
娘の全身が、さっーと足から順に河童の姿に変わっていきました。
「河童大明神様。私はさっき極楽の蓮華の眠りから目覚めて、ここへ参りました。慈聡様の毎日のお経でこの滝壺の水から天へ昇り、極楽の蓮の花にたどり着くことが出来たのです。そうして蓮華の眠りに就くことが出来ました。とても感謝しております。
慈聡様は、私の身を案じて幾度もこの滝壺に潜ってくださいましたね。その様子をカエル仙人様から聞き、私も慈聡様と祈りたくてお願いを致しました。再びこの滝壺に下り慈聡様と経を上げ、村の人々を助けたいと願い出たのです。
そしてやっと三年の蓮華の眠りを経て、願いが叶い慈聡様と同じ河童の姿にして頂けました。特別早く極楽からこの滝壺に下りてこられました。私は、この三年の眠りの中で慈聡様の経を聞き覚えました。これからは私も、河童大明神様と共にこの滝壺で祈ります。」
若い娘はそう話し、河童大明神に向かって手を合わせています。娘の話を聞きながら、目に涙をにじませていた河童大明神は
「あぁ、あなたはあの時の・・・ 寺に野菜を届けてくれていた娘さんなのですね。私がこの滝壺で探していた、あの娘さんなのですね?」
と娘の手を握って涙声で言いました。
「えぇ、その通りです。お寺へ時々お野菜をお届けしておりました村の娘です。そのお野菜をこのご神水に浸していたところ、滝壺へ落ちてしまったのです。それきりお寺へ行く事も、慈聡様にもお会いする事も出来なくなってしまいました。
この冷たい水の中でさまよっていたところに慈聡様のお経が聞こえてきたのです。そのお経に導かれ天の光を見ました。その光の方へ進むと蓮の花が見えたのです。」
「えぇ、えぇ。そうだったのですね。それはよかった。あの頃と互いに姿は違えど、またこうして会うことが出来ました。なんと喜ばしいご縁でしょう。
さぁ、これからはこの滝壺で一緒に祈りましょう。」
二人は共に滝壺のふちに座り、経を唱え始めました。そして経が終わり祈りの手を解き目を開けると、滝壺の水面にカエル仙人が立っていました。
「河童大明神よ。これからは二人仲良く夫婦神となって、この滝壺を守り人々を守っておくれ、頼んだよ。」
「はい。カエル仙人様。人間から河童となり、今は河童大明神にして頂きました。その縁となった村娘にまた会うことができ、これからは共に守り神となって過ごせる幸せに感謝致します。」
河童大明神は、カエル仙人に向かって手を合わせて感謝しました。カエル仙人は、その様子に、にっこりと微笑み幾度も頷きました。
こうして二人の河童は、滝壺の守り神として朝夕に経を上げ人々の蓮華の眠りを祈るようになりました。滝壺からは毎日、男女の声で経が聞こえてきます。村の人々も、もう滝壺の事も河童の事も怖がることなくお参りにやって来ます。
そして滝壺は、昼を過ぎると子どもたちの遊び場にもなりました。毎日のように元気な声が響き、賑やかな夕暮れ前の時間が訪れています。
ずっと滝壺でなされていた村の祭りも再開され、これからは多くの人が集う場にもなります。そうして、村の人々と近しくなったこの滝壺は、いつしか‘慈聡の恋ヶ滝’と呼ばれるようになり、村の人々が親しみを込めてお参りするようになりました。
実は・・・ 秘かに新しい噂が一つ、村に流れているそうです。それはどんな噂かと申しますと、慈聡の恋ヶ滝で良縁を祈ると叶う。というまことしやかな噂でございます。また、会えなくなってしまった人にも、この滝壺でなら再び会うことができるとも云われておるそうでございます。
それは誠か幻か・・・ 信じて行ってみない事には分からぬことでございます。
完
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