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~小さな村の滝壺~ 滝壺の河童
山あいの小さな村に相心川という川が流れています。
その川の源は、山から流れ落ちる滝の水が集まった滝壺の水。そしてその滝壺には、水神様が祀られていました。
近頃は、その滝壺に河童が棲みついているという噂が広まり、村人たちは口々に河童は悪戯好きで滝壺に来た人を水の中へ引っ張り込んでしまうと話していました。何年か前にも、その滝壺に行ったきり帰って来なくなった娘があり、村の人々は誰も滝壺に近付かなくなっていました。ある特別な日を除いて。
滝壺は大事な川の源流であり水神様をお祀りしている場所なので、祭祀の時だけは村人が集まり祈りと感謝を捧げているのです。しかし、その時以外はいつもひっそりと静まりかえり、ただ山から流れ落ちる滝の音だけが響いている。それほど静かな場所でした。
更に気味の悪い事に、人の来ない滝壺から朝夕にお経を唱える声が聞こえてくるという噂もありました。毎日朝夕に必ず、低い読経の声が響いているというのです。周りを木々に囲まれた仄暗い滝壺から、低く艶やかなよく通る声のお経が聞こえてくるともっぱらの噂で、村の人々に怖がられていました。
そんな村の滝壺ですが、満月が輝くとその時だけは夜でも灯りが点いたように明るくなりました。流れ落ちる水も滝壺にゆだねられた水もキラキラと輝きとても美しく、月を映した姿はやはりここが神聖な場所なのだと感じずにはいられない程に美しかったのです。
この美しい満月の滝壺の縁に、寝転ぶ者がおりました。ただぼんやりと青白く輝く月を眺める河童が一人ありました。その横には、小さなカエルがちょこんと座っております。河童に寄り添うようにじっと離れずに座っております。河童は、カエルに聞かせるように話し始めました。
「俺は思うんだ。もし月がこの世になかったら、毎晩暗くてたまらない。真っ暗闇が続き、それはそれで穏やかだって。そうだったら人間は、恋なんかしないんじゃないかって。全ての生き物の心が揺れたり乱れたりしないんじゃないかって。
ああして月が夜空に浮かび場所を変え、また沈んでゆく。
夜の闇が終わるまでには見えなくなる。その度に俺たちは、月を見上げ美しいと感じたり儚いと感じたり、優しい気持ちや寂しい気持ち、嬉しくなったりする。
この月を見ているだろうか? と誰かを思い浮かべたり、共に見上げたいと思ったりする。この月明かりの下を一緒に歩きたいと憧れたりもする。
もし、この世に月がなかったら、きっと心に満ち欠けもないだろうし暗くとも静かなままだろうと。ずっと落ち着いていて波風も立たない。穏やかなままさ。何かに強烈に惹かれる事もなければ、突き放される事もない。いつも同じ。きっとそうあったと思うんだ。」
河童の話を聞いていたカエルも、ぽつぽつと話し始めます。
「ほう・・・ なるほどねぇ。お前さん、なかなかの空想家だな。それに、詩的派なのに人間の心をよく見ている。よく知ってもいるようだ。確かに人間の心は、月の満ち欠けのように膨らんだりへこんだり、高く昇ったり低く沈み込んだりしている様に見えるな。」
「だろう? そう思うだろう? それって月があるからだと思わないか?」
「ははっ。うん。そうとも云えるのかもな。だけど、人間だけじゃないさ。俺たち動物だって昆虫だって植物だって、命あるものはみんな少なからず浮き沈みして満ちたり欠けたりするさ。それこそ月と同じようにな。」
「そうか・・・ じゃぁ、俺はどうなんだろう? 俺は人間でもないし、動物でもないぞ。」
河童は少し戸惑った様子でいます。
「確かに。だが河童よ、お前だって命あるものじゃないか。それに月を見上げてあんな事を言うなんて、人間の心そのものじゃないか。だからお前だって月と共に在るのさ。」
「そうか・・・ 命あるものみんなか・・・ そうなのかもしれないな。姿は河童でも心は人間と同じなのかもな。だって俺は・・・ あぁ、それにしてもキレイな満月だ。このままひと眠りしよう。」
河童はそう言って、月光浴をしながら眠りに就きました。仕方なくカエルも、河童の腹の上で眠る事にしましたが、河童が途中で飲み込んだ言葉の続きが気になってなかなか眠れませんでした。
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