第1話 「地上最後のヌイグルミ、名前をもらう」

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第1話 「地上最後のヌイグルミ、名前をもらう」

71dfb31d-d332-4cc6-bc1c-d1dd80d2bfae(UnsplashのOmid Arminが撮影) 僕は、地上最後の『ヌイグルミ』だ。  最後のものは何でも大事にされる。だから僕も、博物館のガラスケースの中で大事に展示されている。  最初の記憶はキラキラしたガラス。その向こうにいる大勢の視線。  たぶん視線だろうと思う。ガラスがあんまりキラキラしているので、いつもよく見えないんだ。  大きなものと小さなものが並んでこちらを見ているのは分った。    そして小さなものは、もれなく僕と同じ形のオモチャを抱きしめていた。『ヌイグルミ』だ。  握りしめられ引きずられ、投げられながらも最後は抱きしめられるオモチャ。  どれもガラスケースの中にいる僕には、無理なんだけど。  僕は、いつか誰かのヌイグルミになりたい。  それから何年も何年も、僕は温度も湿度も計算されつくしたガラスケースの中にいた。  ひとりで。  その子に気づいたのは、偶然だった。  輝くガラスに、ぺたりと小さなものが張りついたんだ。しばらく見ていて、それが小さな生き物=子どもだと気がついた。  子どもは何かをしゃべっていた。振動がガラスに伝わり、波となって届いた。 「あたし、バイユー。あなたは?」  僕はちょっと考えた。 「……『ヌイグルミ』」 「ちがう。それは『種類』でしょ?   あたしが聞いているのは、名前。あなたが家族からもらった名前よ」  今度は考える必要もなく、首をふった。 「名前は、ない」 「……あら」  子どもは驚いたように少し動いた。そしてガラスから手を放してしまった。  僕は急激にがっかりする。  もっとしゃべってみたかったのに。  僕にとっては、生まれて初めての言葉だから。  ガラス越しに見ると、子どもがゆらゆらしているのが見えた。しばらく動いてから、またガラスに引っついた。  ぺたり。 「じゃあ、あたしが名前をあげる」 「ほんとにくれるの? どんな名前?」 「……コールミ」  子どもはひとりでうなずいた。 「コールミ。いい名前でしょ。自分でも言ってみて」 「……コールミ、いい名前だ」  キラキラしたガラスの向こうで、子どもはいっそう軽やかにゆらめいた。 「じゃあまたね、コールミ」 「またね、バイユー」  子どもは飛び跳ねるように消えていった。  ゆらゆらした動きが見えなくなっても、なんだかガラスの向こうに彼女がいるような気がした。  僕は名前をもらった。  コールミ。いい名前だ。  そして、バイユー。僕の初めての友だちだ。
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