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第2話 「僕のともだちは、どこへ行った?」
(UnsplashのAntony Hyson Sが撮影)
バイユーは毎日、博物館にきた。来るとガラスに引っ付き、振動とともにおしゃべりをする。
本当はガラスに触っちゃいけないんだけど、バイユーがいるときは警備員がいない。
「だって、うちのパパが警備員なんだもん」
バイユーは笑って言う。
「あたし『ここ』が弱いの。だから学校に行かないの。そのかわりに、パパが博物館へ連れてきてくれるのよ」
『ここ』という時、バイユーは身体の一部を押さえた。相変わらずガラスがまぶしすぎて、場所がはっきりわからない。
まあいい。バイユーにはほかの子供と違うところがあり、だから学校へ行かずに毎日ここへ来るということが分かれば、十分だ。
バイユーはいろんなことを話した。天気のこと。食べた物のこと。
僕はバイユーによって、博物館の外の世界を知った。外には『学校』や『会社』があり、バイユーたちは毎日『食べ物』を口に入れるらしい。
僕には、物を口に入れる理由が分らない……。
バイユーが聞く。
「コールミは何も食べないの?」
「うーん……」
僕は聞きかじりの言葉を使ってみた。
「僕は『充填物は交換済み』だから、いらないんだって」
「どういう意味?」
「しらない。館長たちがそう言っていたんだ」
「ふうん……」
バイユーが退屈そうにそう言ったので、僕はあわてて興味を引きそうなことを言った。
「ところで、みんな僕に似たオモチャを持っているね。きみにもあるの、バイユー?」
「あるわよ、これ」
彼女はガラス越しに、小さな『僕』を振ってみせた。
「あたしのヌイグルミは特別製なの。なかに、薬が入っているのよ」
「くすり?」
「もし『ここ』が痛んだら、すぐ薬を飲むの。飲めば痛くなくなるから」
『飲めば痛くなくなる』
大事なことだ、僕はしっかりとおぼえこんだ。
バイユーは楽しそうにゆらゆらしながら、
「コールミも、外へ出られたらいいのにね」
「むりだよ。このガラスはすごい頑丈なんだ。絶対に割れないんだって」
「へえ?」
ぺたんぺたん、とバイユーはガラスをたたいた。ゆるい振動だけが伝わる。
「ほんとうだわ、がっかりね。一緒に遊びたいのに」
「あそぶ……どうやって?」
「こんなふうに」
バイユーは小さな『僕』を振りまわしたりひっぱったり、抱きしめたりした。
「コールミは『ヌイグルミ』でしょ。『ヌイグルミ』には、さわったり匂いをかいだり、ちょっぴりかじったりしてあげるのが大事なのよ」
僕は自分の手を見る。
ガラス越しじゃなくて、直接バイユーにさわれたらどんなにいいだろう。肩をぶつけあったり、体のどこかをかじりあったりできたら……・。
そう考えただけで、ガラスケースの中が、またちょっと温かくなった気がした。
次の日、バイユーが来る前に月一回の点検があった。ガラスケースの検査をした博物館の職員は、首をひねった。
「なぜ正面だけが、こんなに汚れているんだろう。明日はガラスの内側も掃除しなきゃな。このガラスは内側からの衝撃に弱いから、気をつけないと……」
職員はガラスをあっさりと掃除してしまった。
バイユーの跡がきえてしまった。
僕は一気に身体が冷えた気がして、ぶるっと震えた。
そして気がつく。
……あれ。
僕、動けるんじゃないか??
ゆっくりと右手を上げてみる……動いた!
続いて左手も……右足……左足……。
僕は座ったまま、椅子から飛びおりた。
飛べた。
次に歩いてみる。
歩けた!
ゆっくりとガラスに近づく。腰くらいの高さに、職員が消しても消しきれなかった跡がついていた。
嬉しくなって、何度も指でなぞった。
明日、バイユーが来たら歩いてみせて、驚かせよう。
練習したらもっと歩けるようになって、一緒に外へ行けるかもしれない。
バイユーと僕。ともだち。
ワクワクしながらガラスケースの中で何度も飛び跳ねた。
けれども。
その日からバイユーは来なくなった。
僕のガラスケースの前には、また大勢の子どもたちがやってくるようになったけど。
バイユーの姿は見えなかった。
僕のともだちは、どこへ行った?
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