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ある動物園に、老若男女から愛され続けたオスゴリラ、エルくんがいます。
エルくんは赤ちゃんの頃からこの動物園にいて、今では、奥さん、息子、娘、たくさんの家族に恵まれ、幸せなパパオスゴリラです。この動物園の看板キャラクターにまで上り詰めたし。
けど、悲しいお話。そんなエルくんが明日から一人で違う動物園に移動なのです。戻ってくることはないかも。なんでって、?
大人の事情なのです。
今日は出発の前日、朝から飼育員さんたちはエルくんにとって最高の最後の1日になるように頑張っています。
好きなものを食べさせて、好きな遊びをさせて、家族との時間をたっぷり過ごさせ、まぁお客さんもたくさん来てるから、自由かどうかは微妙ですが、エルくんはお客さんのことも好きな人懐っこい子なので。
家族と過ごすエルくんは、とっても楽しそうで、幸せそうで、もちろん家族もそうです。
みんな寂しいけど、最後だから最高の1日にしたいから。いつも通りに過ごしてるんですよ。
そして、時間が経って、日も暮れてきた頃、
一人で静かなところで黄昏ているエルくんの元に、一人の飼育員さんが来て、隣に座りました。
この飼育員さん、エルくんが赤ちゃんの頃から一緒にいて、一番仲の良い飼育員さんなんです。静かに真っ直ぐ前を向いたままのエルくんに、飼育員さんは思い出話などを話しました。時々エルくんも微笑んだり。そして、話は別れの日についてに。
「エル、お前、やり残したことはないか?」
飼育員さんは、別れの寂しさを語った後、そう尋ねました。
すると、さっきまで前を向いていたエルくんがゆっくり飼育員さんの方を見て、目を真剣に見つめ始めました。何かを感じ取ったように飼育員さんもひたすらに見つめ返しました。
それからは言葉も無く、これが二人の最後のやり取りでした。
そしてあっという間に時は過ぎ、出発の朝が来ました。
朝が早いにもかかわらず、飼育員達も含め大勢の人がお見送りに来ています。中には涙を流してる人もいて、わぁわぁと人の声が溢れています。
しかし、最後のお別れで姿を現すはずの時間になっても、エルくんは現れていません。
飼育員さんたちが大慌てでエルくんを探し回りますが、どうしてかいるはずの場所にいないのです。
みんなが焦り、お客さんたちもざわざわとし始めます。さらに、エルくんの家族達も、鳴き声を上げながらパニックに。
そんな中、あの仲の良い飼育員さんだけが、ひらめいたように、一人である場所へ向かいました。
つられて数人の飼育員達も。
それから、飼育員さんが立ち止まったのは、ある小屋の前。
「なんでここに?」
「エルはいるんですか?」
と口々に他の飼育員が喋りかける中、無視してゆっくりと扉を開けます。
すると、目の前に広がる光景を見て、ついてきた飼育員さん達が息を呑みます。みんな固まって言葉も出ませんでした。
でも、あの飼育員さんだけは、驚く様子もなく、ただじっとその光景を眺めていました。
なぜなら二度目の光景だったからです。
すべて知っていたのです。わかっていたのです。すべて。
エルくんと、誰よりも仲が良かったからこそ。
そして、心の中で思ったのです。
「エル、これでもう、やり残したことはないな。」
と。ひたすらに親のように安堵した気持ちで溢れていました。
結論から言うと、この狭い小屋の中で、
エルくんは、一匹のオスゴリラと交尾をしていました。
すさまじく情熱的に。
そう、これこそがエルくんの、最後の1日のやり残しだったんです。
無理矢理じゃないですよ?
ここ、勘違いしたらダメです。
ちゃんとそこに、愛があったんですよね。
求め合い、愛し合う。
うん。
さて、あと5分ちょいで出発の時間ですね。
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