第一章・チョコレート

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石井ディレクターは、周りの気配を伺いながら、私の肩に腕を回し小声で囁いた。 「これからの展開が大変ですけどね。何かネタとかあったら、是非聞きたいんですけど」 「そんなことは、キャリア二十年の大センセに言えませんよ。任せます!」 「はぁ」 「で、第五話って、今日中に入れてくれるんだよね?」 「まぁ、なんとか……」 私はハハッと愛想笑いを浮かべ、石井ディレクターの腕を、そっと肩からおろす。三ヶ月かかった一クール分のオハナシが五日前に、白紙になったんだよ。今日中なんてムリだし。マジで、そのびっしり生えた腕の毛に、オイルを垂らして、ライターで火をつけてやりたいほど悔しさがこみ上げた。 私は悔しい気持ちをグッと飲み込み、少しずつ石井ディレクターから離れていく。ひよりはどこへ行ったのだろうかと、辺りをあちこち探すと、デメルの猫ラベルのチョコレートをドラマ関係者に配り歩いていた。 ご自慢のEカップの胸を強調するような、ピンクのピタTに、ユニクロのスキニー・ジーンズという格好だったが、スタイルが抜群に良いせいか、誰もが目を引く存在だった。 デメルのチョコは、脚本の〆切りを、一日延ばしてもらったお詫びだという。私が何も指示を出していないのに、仕事の合間に、事務所近くのデパートまで行って、わざわざ買ってきたらしい。 バカそうに見えて、ああいうところは根回しの上手い子なんだよなぁと感心していると、事故で死んだ恋人役の俳優にまで、一箱、二千円もするチョコレートを渡していた。
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