第一章・チョコレート

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彼女が私のところに来て、もう三年になる。私は日芸の映画学科在学中に大きなシナリオコンクールの佳作を受賞した後も、テレビドラマや映画の仕事にありつけない生活を送っていた。 コンクールに入賞しても、すぐに脚本を書かせてはもらえない。 主催したテレビ局のプロデューサーに企画書を持って行き、百本だして一本が通ると言われる世界で、私もご多聞にもれず週に四日、居酒屋のホールスタッフのバイトをしながら、企画書をシコシコ書いては提出する、そんな脚本の仕事もお金もないどん底の日々を過ごしていた。 たまに深夜枠のミニドラマを書くことがあっても、ゴールデンタイムの連ドラの脚本を手がけることなんて夢のまた夢だった。 転機が訪れたのは二十九歳の時。あれは秋のドラマのクールが始まる前、一クール書かせてもらうことが決まっていたメインの脚本家が、大手プロダクションの俳優のワガママに耐えかねて逃げた。敵前逃亡したのだ。 俳優がどんなクレームをつけたかは、もう定かではないけれど、脚本家が逃げたという事実だけが残った。 連載を抱えるマンガ雑誌にはよくあることで、これは俗に〈落ちる〉という言葉でその回のマンガをお休みしてその場をしのぐ。けれどテレビドラマでは、それができない。 プロデューサーが取った行動は早く、スケジュールのあいている新人を十人かき集めた。メインライターが一クール全部を書くってことは、これから世に出ようとしている新人のチャンスをつぶしているのだ。 私はゴールデンタイムの連ドラ一話分を書かせてもらえるチャンスを掴み、それをきっかけに脚本の仕事が増え、視聴率の女王と呼ばれるまでの地位を築き上げていった。 そんな時、ひよりが現れた。なんでも女優になるために秋田から上京し、タレント事務所に登録はしていたものの、パッとしない時代が約十年続いていたらしい。 三十路を越え女優にはなれないだろうと夢を諦めたらしく、そうかと言って、秋田の実家に戻るのも躊躇したらしく、タレント事務所のマネージャーから私が個人事務所のアルバイトを募集していることを聞き、ツテを頼って応募してきた。
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